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「長谷部さん?」

なまえが呼びかけると、ハッとした顔をして、長谷部はすぐに眉根を寄せてこうべを垂れた。

「申し訳ありません。もう一度よろしいでしょうか」

「今日は私と一緒に畑仕事をして下さいってお願いしたんですけど、大丈夫ですか?」

「もちろんです。主命とあらば、何なりと」

改めて頭を下げた長谷部に、なまえは笑顔で「今日はよろしくお願いしますね」と告げた。

長谷部はなまえが初めて鍛刀した刀剣男士だ。
「眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技」を持つ審神者は、資源と依頼札を消費して鍛刀を行うことで、刀剣より生み出した付喪神、『刀剣男士』を生み出すことが出来る。

まだなまえが審神者になったばかりの頃、初期刀である加州清光と二人きりだった時、一人で奮闘する加州を心配して何とかしなければと考えた末に鍛刀に踏み切ったのだった。
どの刀剣男士が出来るのかは、投入する資源、木炭・玉鋼・冷却材・砥石の分量によってある程度決まっているが、基本的に運だ。
自分に審神者としての力を与えた神に運を任せて鍛刀した結果、現出したのがこの、へし切長谷部だった。
それ以来ずっと彼は近侍(きんじ)として傍に仕えてくれている。

「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」

初めて逢った時そう告げた言葉通り、彼は何でも器用にこなす実に頼りになる男だった。
実直すぎて時々心配になるくらいに。


「蕪がたくさんとれましたね」

「はい。これだけあれば足りるでしょう」

ジャージに着替えた長谷部が収穫したものを入れた籠を持ち上げる。
なまえも持とうとしたのだが、「これは俺の仕事です。お任せ下さい」と全部取り上げられてしまった。

「お味噌汁がいいかなぁ。それともシチューにしましょうか」

「なまえ様のお好きなほうで」

「そう言われると悩んじゃいます。長谷部さんはどっちが好きですか?」

「俺はどちらでも。なまえ様の好みに合わせますよ」

「うーん、じゃあ、今日はお味噌汁で、明日はシチューにしましょうか」

「それがよろしいですね。光忠も腕の振るい甲斐があるでしょう」

台所を任せている燭台切光忠の名をあげて長谷部が頷く。

「長谷部さん」

「はい?」

ちょいちょいと手招くと、長谷部は身を屈めてくれた。
手拭いで優しくその頬を拭く。

「土がついてましたよ」

「…ありがとうございます」

長谷部の頬が緩むのを見てなまえも微笑んだ。
この男といると、とても安心する。
それは、文字通り命をかけてでも自分を守ろうと決意している男の傍にいるからなのだが、なまえにはそこまではわからなかった。

「ふむ、畑仕事か」

のんびりした声が聞こえ、ギクリとする。

「俺もやってみたが、畑仕事とは難しいものだな」

三日月が立っていた。
思わず、といった風になまえは長谷部の陰に隠れるように身を寄せる。
そのなまえを自分の後ろに庇いながら長谷部は三日月と向き合った。

「何かご用ですか」

「いや、ただの散歩のついでだ」

黄金の三日月を宿した青い瞳は底が知れない。
それと対峙している長谷部は冷たい汗がじわりと滲むのを感じた。
威圧されているわけでもないのに、身体が反応している。
──いや、やはりこれは牽制なのだろう。
そう思い直して、長谷部はなまえの肩を抱いた。

「戻りましょう、なまえ様。光忠が待っています」

「そ…そうですね」

長谷部に促されて屋敷の中に戻る途中、一度だけ振り返ると、三日月はまだ佇んだまま二人を見ていた。
うっすらと微笑んで。


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