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審神者と刀剣男士達の拠点となる本丸は、武家屋敷のような立派な日本家屋だ。
なまえに与えられたのは、一番奥まった場所にある一室。
廊下側の障子を開ければ美しい庭が見えた。
冬には雪見障子から雪景色が、春には桜が楽しめる。

この環境に不満はない。むしろとても満足している。
ただ、困った事が一つだけあった。

トイレ…厠が遠いことだ。

これは困る。
特に、今のように深夜に目が覚めてしまった時には。

普段は何とも思わないのに、ギシギシ鳴る床の軋みが不気味に感じる。
雨が降っているせいで頼りの月明かりもない。
今にもそこの暗がりからモノノケの類いが飛び出すのではないかとビクビクしながらも、何とか目的地にたどり着くことが出来た。

用を済ませ、ほっとしながら扉を開ける。
廊下に出た途端、闇の中に佇む黒い影を見つけてなまえは声にならない悲鳴をあげた。

「申し訳ありません。大丈夫ですか?」

「は…長谷部さん…!」

黒い影の正体がわかり、その場にへなへなとへたりこむ。

「なまえ様が怖がっておられるようでしたので、見張りをと思ったのですが」

「そ、そうだったんですか…ありがとうございます…」

何のことはない。
心配した近侍が傍に控えていてくれたのだ。

「いえ、主のためとあらば当然のことです。……なまえ様?」

座り込んだままのなまえを不思議に思って長谷部が呼びかける。

「こ…腰が抜けちゃったみたいです…」

動けない、と涙声で訴えたなまえに、瞬きをすると、長谷部は小さく笑みを浮かべて身を屈めた。

「失礼致します」

「え、あっ!?」

ふわりと身体が浮く感覚。
えっと思った時にはなまえの身体は長谷部の逞しい腕によって抱き上げられていた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
整った顔が近い。

「は、長谷部さん!?」

「俺のせいですから、責任を持って俺が寝所までお連れします」

「で、でも、そんなっ」

「動けないのでしょう?お任せ下さい」

「それはそうなんですけど、でも、」

「お静かに。皆が起きてしまいます」

なまえは慌てて口を閉じた。
そうだ。こんな深夜に言い合っていれば誰かが起きてきてしまうかもしれない。

「すみません…」

「いえ、主が謝られることなどありません。悪いのは俺です」

足音も立てずになまえを抱えたまま歩き出した長谷部にひそひそ話をするように小さな声で謝れば、生真面目な彼らしい言葉が返ってくる。

「それに、役得だと思っていますので、お気になさらず」

「えっ」

「こうしてなまえ様に触れて、お運び出来ること、俺にとってはこの上ない幸せです」

澄ました顔で答えた長谷部は、寝所に着くと、恭しい動作でなまえを布団の上に下ろした。
そして、その脇に片膝をつく。

「なまえ様が眠るまでお側におります。どうか安心してお休み下さい」

「長谷部さん…」

掛布団をかけてくれた長谷部に、じーんと感動しながらなまえは瞳を潤ませた。
なんて良い人だろう。

頼もしい存在を近くに感じながら安心して目を閉じる。

「お休みなさいませ、なまえ様」

「お休みなさい、長谷部さん」

眠りに落ちるほんの少し前、額に優しい温もりを感じたのは夢か現か。
そのせいか、あるいは催花雨に誘われたのか。
その夜は桜の花にも似たひどく甘い夢を見た。


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