「カットを担当する三日月宗近だ」 カット担当は、何だか見るからに物腰柔らかな綺麗なお兄さんだった。 カットする前にまずは髪をブロック分け。 ピンが髪を分けて頭皮をスッとなぞる感触にゾクッとする。絶妙なイタ気持ち良さとでも言うべきだろうか。 鏡越しに三日月が微笑んでいる。 目が合い、なまえは頬を赤らめた。 この美容室は美青年ばかりで困る。 「では、始めよう」 椅子に座って準備を整えると、鮮やかな手さばきでカット開始。 銀色の丈の短い重厚なハサミが、なまえの髪をサクサクと軽やかにカットしていく。 ある程度カットしたところで、綺麗な指先をピシッと揃え、頭皮をところどころ指の腹で押して動かしながら、 「んー、少し頭皮が固いな」 「固いといけないんですか?」 「将来禿げる可能性がある」 なん…だと… なまえはショックを受けて頭がくらくらした。 「絶対ではない、可能性があるというだけだ」 「そ、そうですか…」 「だから、今の内から柔らかくするよう努めると良い」 「柔らかく…」 「ここに来れば俺が何とかしてやろう」 これは定期的に通えということだろうか。 なまえは真剣な面持ちで頷いた。 「はっはっはっはっは、よきかなよきかな。その素直さは美徳だ。気に入ったぞ、なまえ」 大まかに長さを整えたら、次に、レザーでシャギー風に髪をすき落として量を減らしていく。 ツイッと少しずつ髪を引き、指にはさんで、レザーを当ててシャギシャギと髪を削ぎ落としてゆく感触が、頭皮表面と毛根にダイレクトに伝わり、何とも気持ちいい。 完了後、目の細かいコームと指先でさっと頭から切りクズを払い、三日月は顔をあげた。 「さて、もう一度シャンプーだ」 そして、言われるがままカット後のシャンプーへと移行。 シャンプー台で待っていたのは、またもや長谷部だった。 「さあ、こちらへどうぞ」 膝掛けをヒラリと広げて呼ばれる。 簡単なシャンプーの後、タオルドライを手早く済ませ、長谷部に連れられて元の席へ。 手櫛で髪を豪快にワシャワシャとさばきながら、ドライヤーの温風でフワフワ乾かしてくれる。 最高のブローだった。 「ああ、もうおしまいか…」と思いつつ心地よい眠気の波に漂っていたら、長谷部が耳元に顔を寄せた。 鏡越しになまえを見つめる眼差しが熱い。 「なまえ様。次は俺を指名して下さい」 「えっ、え、」 「貴女のご来店を心よりお待ちしております。今度こそ、必ず、この長谷部をご指名下さい。どうか……」 「抜け駆けか、長谷部」 いつの間にか三日月が背後に立っていた。 その不思議な瞳でなまえと長谷部を見て笑っている。 「残念だが、俺も譲るつもりはない。なあ、なまえよ」 「は、はい?」 「これからは俺を専属美容師として指名するがいい。誰よりもなまえの髪をよく知る、この三日月宗近をな」 「なまえ様の髪ならば俺もよく存じ上げています。まだシャンプーだけしか出来ていませんが、次こそは全てこの長谷部に身を任せて下さい」 「いいね、いいねぇ、モテモテじゃねーか大将」 カウンターから薬研がやじを飛ばしてくる。 「ぬしさま、お預かりしていた荷物でございます」 “小狐丸”というネームホルダーを下げたガタイの良い男性が傍らに跪いた。 預けていた荷物を渡され、会計用紙が乗せられたトレイを差し出される。 あ、お会計か、となまえは財布を取り出した。 納得のいく値段だった。 「なまえ」 「なまえ様」 三日月と長谷部が返事を迫ってくる。 「ぬしさま、次は是非この小狐丸をご指名下さい」 お前もか。 お釣りを受け取った手を大きな両手で包み込むように握られ、訴えられる。 助けを求めてカウンターを見ると、やれやれと言いたげな表情で薬研が言った。 「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」 |