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「バレンタイン?」

湯飲み片手に僅かに首を傾げてみせた三日月宗近に、そうですと頷く。

「好きな人やお世話になった人にチョコレートを贈る日なんです」

そういうと、なまえはバレンタインについて簡単に説明した。
由来やら、日本式のバレンタインのやり方などを話すなまえに、三日月は興味深そうに聞き入っていた。
今は、縁側に彼と二人並んで座り、八つ時の休憩中なのだった。
午前中に演練で汗を流した三日月は一度湯を使ったためか、いつも以上に爽やかな印象を受ける。
それに、こうして隣に座っていると風に吹かれて上品な良い香りが運ばれてきて、何だかひどく雅な気分だ。

「うちの本丸でも去年やって好評だったので、今年もやろうかなと」

「それでか」

三日月は納得した風に微笑んだ。

「主から“ちょこ”を貰えると、皆が喜んでいたのは、そういう事情があったのだな」

ちなみに今日のおやつはきなこと黒蜜をかけた葛餅。
これを材料から作りあげた燭台切のスキルはさすがとしか言い様がない。

「チョコとはそのチョコレートの事なのだろう?」

「そうですね」

「俺にもくれるのか?」

「もちろんです」

「それを聞いて安心した」

湯飲みに残っていた茶を飲み干して、三日月が口元をほころばせる。

「もしかして俺は貰えぬかもしれないと思っていたのでな」

「そんな、一人だけ仲間外れになんかしませんよ」

「はっはっはっ、主は優しいな!」

青空に三日月の快活な笑い声が吸い込まれていく。

「だが、お前は俺を避けているだろう」

「えっ」

「俺が恐ろしいか」

「そんなことは…」

「ない、とは言いきらぬのだな、やはり」

つい口ごもると、膝の上の手を握りとられた。
思わず浮かしかけた腰を、ぐいと引き寄せられて止められる。
三日月は笑っていた。

「恐れるのは道理。俺はお前を欲しているのだから。いっそ神隠しでもして拐ってしまおうかと思うほどに、な」

「み、三日月さん…」

「怖がるのは構わない。仕方のないことだ。だが、頼むから避けないでおくれ、愛しい娘よ。お前につれなくされると、俺は自分でも何をしでかしてしまうかわからぬのだ」

「……気をつけます」

身体が震えたのを悟られたのか、握っていた手をぽんぽんと優しく叩かれる。

「なに、普通に接してくれれば良い。そうしている間は邪な想いも抑えつけておけるだろう」

「三日月さん…」

「だから、主よ。バレンタインには俺に本命チョコとやらをくれないか」

それで我慢しよう、と笑う三日月に、困惑しながらも頷くしかなかった。


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