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やってしまった。
まあ、いつかはやると思ってはいたのだが。
その場を偶然目撃された燭台切にも、やっちゃったね、と言わんばかりの苦笑を頂いてしまった。
最悪だ。

のどかに囀ずる小鳥の声が穏やかな庭での出来事だった。

「大丈夫かい?なまえちゃん」

「大丈夫くない…」

派手に尻餅をついたせいでお尻が痛いし、転びそうになった時に捻ったらしく、足首も痛い。
一緒に鬼ごっこをしていた短刀達が心配そうに駆け寄って来たので、なまえは着物についた土を払いながら急いで笑顔を作った。

「主さま!」

「だいじょうぶですか!?」

「平気、平気。私は大丈夫だから、みんな手を洗っておいで。おやつにしよう」

燭台切が持って来てくれた苺大福を指差してそう言えば、短刀達はそわそわした様子で顔を見合わせた後、急いで手を洗いに走っていった。
うまくいったと、ほっと息をつく。

「じゃあ、皆が戻って来る前に部屋へ行こうか」

短刀達がいなくなった途端、なまえは燭台切に抱き上げられた。

「光忠?」

「さっき転んだ時に足首を捻っただろう。歩くと痛むんじゃないかな」

「それは…」

「こうしたほうが早いし、格好いいよね」

「光忠はいつもカッコいいよ」

「ありがとう」

賞賛の言葉を優雅に受け止めて燭台切が歩き出す。
確かにこれなら、怪我をした足で歩いていくより早く自分の部屋に戻れそうだ。

廊下を進み、自室の前まで後少しという場所まで来たところで、燭台切がふと足を止めた。

「光忠?どうし」

「主!」

呼びかけられた声に、さっと青ざめる。
一番見つかりたくない相手に見つかってしまった。
部屋の前に長谷部が立っていたのだ。

「どういうことですか?何故、燭台切に…!」

「うん、ちょっと、色々あってね…」

「なまえちゃん、転んで足を怪我しちゃったんだ」

「足を!?」

「大丈夫、大丈夫、ちょっと捻っただけだから」

「さっき、僕には大丈夫じゃないって言ってたけど」

「ちょ、光忠!」

目の前で長谷部の顔色が面白いほど変わる。
赤から青へ。
青から赤へ。
そして。

「主、俺に抱かれて下さい」

「は…長谷部!?」

「長谷部くん…それはちょっとまずいよ…」

言わんとすることはわかるが、言い方がヤバい。
だが、長谷部は真剣そのものだった。

「俺が主を運びます」

さあ、と両腕を伸ばしてくる長谷部に、燭台切は参ったなあと苦笑する。

「どうしようかな」

「光忠」

「…仕方ないね」

「じゃあ、お願い、長谷部」

「はい、お任せ下さい」

燭台切の腕から長谷部の腕へとなまえの身体が移される。

「あーあ、嬉しそうな顔しちゃって」

「黙れ。主が怪我をされているのに嬉しいわけがないだろう」

「しかも自覚なしか。じゃあ、僕は、足を冷やすための道具を準備してくるから、後は頼んだよ、長谷部くん」

「ああ、主のために急いで持って来い」

「ごめんね、光忠」

「気にしなくていいよ」

微笑んだ燭台切が立ち去るのと同時に、長谷部はなまえを抱き上げたまま器用に障子を開けて室内に入った。
座布団の上にそっと下ろされ、長谷部が心配そうに足に触れてくる。

「痛みますか?」

「少しだけね。心配しないで」

「主がお怪我をなさっているのにそういうわけにはいきません」

そうする内に燭台切がやって来た。
彼が持って来たアイスパックとタオルと湿布を受け取ると、長谷部はなまえの患部に湿布を貼り、そこにタオル越しにアイスパックを乗せた。

「これでひとまずは安心ですね」

「うん、二人ともありがとう」

「どういたしまして」

「礼には及びません。臣下として当然のことをしたまでです」

「長谷部くんは堅いなあ」

「貴様が軽すぎるんだ」

まあまあ、と長谷部を宥めて、暫くそのまま三人で話をした。
二人とも心配して側にいてくれたのだと思う。

「さて、そろそろ夕餉の支度をしてこようかな」

「あ、じゃあ、私も」

「いけません、主」

よいしょ、と立ち上がろうとするのを長谷部に止められる。

「今日はこのままお休み下さい。厠や湯浴みなど、どうしても移動が必要な時は俺がお運びします」

「厠って…光忠ぁ!」

燭台切に助けを求めると、

「せっかくだし、甘えたらどうだい」

「そんなぁ…」

格好つかないね、と笑われて肩を落とした。
まったくである。

その後、尻餅をついた事を燭台切にバラされ、心配した長谷部にお尻をさすられそうになったが、それは丁重に辞退させて頂いた。

まったく格好がつかない。


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