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「おやすみなら、床を整えましょうか?」

前田くんにそう尋ねられて目を開けた。
目を開けたということは、今まで閉じていたということである。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
政府推奨の審神者向け戦術指南書を見ていたはずのパソコン画面は既にスリープモードになっていた。

「ごめん、寝ちゃってた」

「お疲れなのでしょう。今すぐ整えて参ります」

「ああ、頼む」

私が答える前に第三者の声が答えた。
寝間着用の浴衣に着替えてきた長谷部が、あまりにもタイミングよく室内に入って来たのだ。

「長谷部…」

「ご無理はなさいませんよう、と申し上げたはずです」

座っていたところへ、膝裏と背中に腕を差し入れられて軽々と抱き上げられる。
女の子の憧れ、お姫様抱っこだ。
たちまち長谷部の匂いと温もりに包み込まれる。

そうして抱き上げられたまま、襖を開け放たれた奥の間に向かうと、前田くんがきちんと布団を敷いてくれていた。

「床の用意が整いました」

「ありがとう、ごめんね」

「どうかゆっくりおやすみ下さい。長谷部殿、後はよろしく頼みます」

「ああ」

一礼した前田くんが部屋を出て襖を閉める。
廊下へ繋がる障子も閉めてくれたのだろう。
小さな足音が遠ざかっていく。
私は長谷部の顔を見た。

「怒ってる?」

「いいえ」

敷き布団の上にそっと下ろされたところで、くい、と遠慮がちに袖を引くと、心得ているとばかりに即座に横に添い寝してくれる。
その上から長谷部は掛け布団を掛けてくれた。

「ただ、少々妬けました。近侍である俺よりも先に前田藤四郎に気付かれるとは」

「灯りがついてたから様子を見に来てくれたみたい。前田くんの忠誠心には頭が下がるよ」

「それです」

間近にある端正な顔。
その眉根がきゅっと寄せられて悩ましげな表情を作った。

「貴女に一番に忠誠を尽くすのも、貴女を一番にお慕い申し上げるのも、俺でありたいのに」

「私の一番は長谷部だよ」

「その言葉に嘘偽りがないと俺に信じさせて下さい」

そう告げられたと同時に口付けられる。
角度を変えながら何度も唇を合わせ、口内を這い回る舌は熱く、あっという間に熱をあげられていく。
ちゅ、じゅっ、と音を立てて舌を吸われると、頭の芯がじんと痺れた。

このまま行為に及んでしまうのではと思ったが、私が両手で長谷部の頬を包み込むようにすると、ようやく唇が離された。
至近距離から紫苑色の瞳が覗き込んでくる。

それから、またゆっくりと唇が重ね合わされた。

「心よりお慕い申し上げております、主」

「うん…私も、好き」

長谷部の厚い胸板に頬をすり寄せれば、眠りを促すように大きなあたたかい手の平がゆるゆると背中を撫でてくれる。

「明日の朝はホットケーキが食べたいな」

「主の命とあらば、何なりと」


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