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内番の時の、髪を結んでいる赤いりぼんが可愛い。
初めて見た時は驚いたが。

それがハートに矢が刺さった瞬間だった。

今日も袴にたすき掛けという姿で台所に立つ歌仙の横で、おぼつかない手付きで料理の手伝いをする。
文系だという彼は料理が得意なのだ。

「沸騰したら教えてくれ」

「うん」

水と酒、みりん、砂糖、醤油、しょうがを入れた鍋の中身を真剣な表情で見つめる。

刃物は握らせてもらえない。
最初の時、うっかり指を切ってしまってからずっと、包丁を扱うのは歌仙の担当だった。
私はおもに煮炊きを任されている。
これも気をつけなければならない。
うっかり今度は火傷なんかしようものなら私は台所から追い出されてしまうだろう。

「今度の遠征の件だけど」

トントントントン、と小気味良い音をさせてキュウリを切りながら歌仙が言った。
私は鍋から目を離さないまま、「うん」と答える。

「第二部隊の隊長を岩融にするというのは賛成だ」

「本当?」

「ああ、良い選択だと思う」

嬉しい!褒められた!
歌仙がどんな顔で言ったのか見ようとして、慌てて鍋へと目を戻した。
湯の表面にぽつぽつと気泡が浮き始めていた。
そろそろいいかもしれない。

「歌仙」

「わかった」

歌仙はあらかじめ準備しておいたカレイを鍋の中に入れた。
カレイは彼が選んだものだ。艶があり、身が厚くてしっかりしているものを選んでいた。
それにしても、全部言わないのに伝わるなんてすごい。

私は持っていた木の蓋をカレイの上から鍋に入れ、落とし蓋をした。

「これでよし」

「まあ、これくらいなら君でも出来るだろう」

「うん、頑張ったよ!」

「まだ終わりじゃない。途中、灰汁をとってから」

「煮汁を回しかけるんだよね。艶出しのために」

「ああ、そうだ」

歌仙の口元が綻ぶのを見て、私は嬉しくなった。
予習復習を欠かさずしている甲斐があった。

「どんな魚も7分煮れば十分だ」と歌仙が言う通り、煮魚はすぐに完成した。
もっと長く煮込んで味をしみこませるものだと思っていたから意外だ。

「それは根本から間違っている。煮魚は煮汁をかけながら食べるものなんだよ」

「へえ…」

「君は本当に料理の経験が少ないんだな」

「家ではお母さんが全部やってくれてたし、社会人になってからはレトルトや冷凍食品で済ませちゃってたから」

「嘆かわしい…」

歌仙は深々と溜め息をついた。

「でも、数字には強いよ!」

「ああ、意外な特技だ」

経理をはじめとする数字関係はお手のものだ。
初めてパソコンを使って本丸の経済状態を見せて、今の状況とこれからのことを説明した時、歌仙は感心しきりといった様子だった。

「どんな人間にも一つくらい特技があるというのは本当らしい」

「あ、ひどい」

私が膨れると、歌仙は手拭いで手を拭いてから私をよしよしと撫でてくれた。

「冗談だよ。君は審神者としても優秀だ。君の近侍として誇りに思っているよ」

「本当?」

「もちろん。嘘をつくのは雅じゃない」

「ありがとう!歌仙大好き!」

「まったく、君は…」

いつまでも幼子のようで困る、と文句を言いながらカレイを皿に取り出した歌仙の腰に、そうっと腕を回して抱きつく。

やれやれと言わんばかりに溜め息をつく歌仙の頭の上で微かに揺れる赤いりぼんが、やっぱり可愛いと思った。


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