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「春とは言え、まだ夜は冷える。遅くまで起きているのは感心しないな」

風邪をひくよ、と肩に羽織りを掛けられる。
雅な彼の持ち物らしく、上品な良い香りがした。
他の着物と同じく、香を焚きしめてあるのだろう。
文系を自称する彼は身なりに気を遣っていることもあり、いつもいい匂いがする。
そんな彼が大好きだ。

「ありがとう、歌仙」

「灯りもつけずにこんな時間までいったい何をして……」

視線をめぐらせた歌仙が、ああ、と溜め息のような声を漏らす。
彼の目の前には衣桁に掛けられた白無垢があったからだ。
時間を忘れて、私が見つめていたもの。

「なるほど、これを見ていたんだね」

「うん。なんだか感慨深くて」

「わかるよ」

会話が途切れる。
そうしてそのまましばらく私達は純白の着物に見入っていた。

夜の闇の中で白く浮かび上がる白無垢。
明日、私はこれを身に纏う。
そして、歌仙と祝言を挙げて彼と夫婦になるのだ。
多くの審神者達から嘆願された政府がようやく重い腰を上げてくれたお陰で。
煩雑な手続きと引き替えに遂に実現した、刀剣男士との“婚姻”。

初めて審神者となった日、歌仙を初期刀に選んだ日のことが思い出される。

“僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく”

顕現した彼はそう自己紹介したけれど、肉付きの良い体格はどちらかといえば……いや、彼がそう言うのだから文系なのだろう、と思い直したものだった。

まだ本丸に二人きりだった頃、自分は随分彼に甘えていたと思う。
何処へ行くにも彼の後をぴったりくっついて歩き、二人で並んで台所に立って料理をし、広々として寂しい気がする広間ではなく離れにある私の部屋で二人仲良く食事をとった。
鍛刀などの審神者としての仕事の合間には、文系の彼が語る茶道やら華道やらの話に熱心に耳を傾けたものだ。
審神者になったばかりで右も左もわからず、不安で押し潰されそうだった私を、彼はよく支えてくれた。

殆ど刷り込みのように恋に落ちるのに時間はかからなかった。

これまでの日々を思うと、長かったと感じる。
やっとこの日を迎えることが出来た。
そのことが純粋に嬉しい。

「いよいよ明日だね」

「…ああ」

歌仙が少しだけ身動ぎした気配が伝わってくる。
彼を見上げると、何とも言えない表情を浮かべて私を見つめていた。

「本当に僕で良かったのかい?」

「歌仙がいい。歌仙じゃなくちゃダメなの」

私がそう答えると、彼は深く息をついた。
それから、僅かに笑みを浮かべて

「恐悦至極」

と口にした。

「幸せになろうね、一緒に」

「ああ、必ず」

歌仙が頷く。いくさに出陣する時のような面持ちで。

「之定が一振り、歌仙兼定の名にかけて誓うよ。必ず君を幸せにしてみせる」

文系にも意地があるんでね、と言った歌仙はいつも通りの歌仙で、私はそれでこそ私の旦那様になるひとだと惚れ直したのだった。


明日、私は、彼の妻となる。


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