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真夜中を少し過ぎた頃。
トイレに行って戻る途中、ふわふわとした足取りで廊下を歩いているにっかり青江を見つけた。
寝間着用の白い着物を着ているのと、長い髪が揺れているせいで、軽くホラーだ。

「こんな時間にどうしたの?」

「堅物が多いよねえ、ここ。誘っても食い付いてこないし、つれないなあ。……お酒の話だよ?」

「お酒好きな人も多いはずだけど、時間が悪かったね。うちの本丸朝餉の時間が早いから就寝時間も早いんだよ」

「そりゃ健康的だ」

「もっと早い時間なら付き合ってくれたと思うよ。今日は私で我慢して」

「へえ、僕に興味があるのかい?」

「うん、お話しよ」

そのまま離れの自室にお持ち帰りして、早速酒を酌み交わす。

「主に酌をしてもらったなんて知れたら、怒られそうだねぇ」

「長谷部のこと?大丈夫、秘密にしておくから」

「主が話のわかる人で良かったよ」

フフと笑んだ青江が盃を飲み干すのを見て、自分も口をつける。
一息ついてふと手元を見ると、盃の中の酒に月が映り込んでいた。
障子を開け放って庭が見えるようにしていたためだ。
今日は下弦の月だった。
青江がいるからというのもあるが、にっかり笑っているようにも見える。

「月が綺麗だね」

「それは口説き文句かな」

「違う、違う」

笑って手を振る。
もちろん、青江も本気で言ったわけではない。

「でも、よく知ってるね」

「この前君に借りたタブレットで見たよ。確か、夏目漱石だったかな」

「そう。ロマンがあっていいよね。歌仙風に言うなら、雅で素敵な感じ」

そう言いながら、また青江の盃に酒をなみなみと注ぎ足した。

「僕を酔わせてどうする気だい」

「これくらいじゃ酔わないくせに」

笑って言えば、それもそうだねと笑顔がかえってくる。
青江も楽しそうなので何よりだ。

それから暫く、ぽつりぽつりと話しながら酒を飲んでいたのだが、

「なんだか眠くなってきちゃった…」

言うなり、なまえはころんと寝転んだ。
もう今にも目が閉じそうな様子でまばたきをする。

「青江が側にいてくれると安心する…」

「それは……」

どういう意味かと尋ねようとして青江は口をつぐんだ。
なまえは眠ってしまっていたからだ。

「確かに、僕を置いておけば怨霊が出ないとは言うけれどね。ちょっと無防備過ぎないかい」

ふう、とわざとらしく溜め息をついて、青江は眠るなまえの上に覆い被さるように屈み込んだ。

「僕も男なんだよ」


翌朝。
目が覚めると、なまえは何故か布団の中で寝ていた。
青江が運んでくれたらしい。

「お礼を言わないと」

「何がです?」

思わずギクリとしてしまった。
開け放たれたままの障子の向こう、廊下に長谷部が立っていた。

「失礼致します。主、文をお持ち致しました」

「あ、ありがとう」

「昨夜は少々飲み過ぎたようですね。お身体をおいとい下さい」

「うん、ごめんね…」

ふと長谷部の顔色が変わる。
みるみる青ざめたかと思うと、突然片手で顔を押さえた。

「っ…ははっ」

「は…長谷部…?」

「それで?何を切ればいいんです?悪さをした奴の口を?それとも、いっそひと思いに首を斬り落としましょうか」

「ははは長谷部!?落ち着いて!」

必死に長谷部を宥めるなまえのその首筋には紅い華が咲いていた。


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