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「ここが本丸の結界の入口になります」

足元に居るこんのすけが私を見上げて言った。
この狐に似た生き物は政府から遣わされた審神者のサポート役の管狐なのだという。

姉が審神者を務める本丸を訪れるのは、今日が初めてだった。
基本的に、身内といえども本丸のある結界の中には入れて貰えない。
今回は特別だ。
姉が刀剣男士と祝言を挙げて夫婦になったからである。
お祝いという名目で家族を代表して私が来ることを許されたのだ。

何故私なのか。
それは、私にも審神者としての資質があったため、姉に続いてこの度改めて審神者に任命されることが決まったからだった。
ここで刀剣男士や本丸に触れておけば、自分の本丸を持った時に参考になるだろうというわけである。

「迎えが来ることになっているのですが……ああ、来ました」

姿を現したのは、カソックに似た衣装の上に武具を纏った男性だった。
陽光を浴びて鈍色に光っている髪に、淡い青紫の瞳が印象的だ。

「へし切長谷部、と言います。主の命によりお迎えに参りました」

緊張で固まっている私に恭しく頭を下げて彼はそう言った。

「できればへし切ではなく、長谷部と呼んで下さい。前の主の狼藉が由来なので」

「長谷部、さん」

「はい」

打てば響くように返ってくる返事に、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。

「あの…は、初めまして!」

「お目にかかれて光栄です。さあ、こちらへ」

「あ、はいっ」

長谷部さんに案内されて道を進んで行くと、本丸御殿と呼ぶに相応しい立派な建物が目の前にそびえ立った。
大きな門をくぐって中に入るとすぐに、姉が駆け寄って来た。

「久しぶり!来てくれてありがとう」

「元気そうで良かった。全然連絡とれないから心配してたんだよ」

「ごめんね」

とは言え、それは姉のせいではない。
審神者となった者は、その任務中、外部の人間とは必要最低限の接触しか許されていないからだ。
私もいずれそうなる運命だった。
娘を二人とも審神者という特殊な職業に“とられた”両親は、名誉なことだと喜んでくれたが、やはり寂しいだろうと思う。

「姉上に会えて良かったですね」

こんのすけが言った。
そうだ。まだお祝いをしていない。

「結婚おめでとう。刀剣男士と結婚出来るなんて知らなかったからびっくりした」

「ありがとう。『祝言』は極秘事項だからまだ審神者しか知らないの」

その後、姉の後ろでひっそりと見守っていてくれた刀剣男士を夫だと紹介されて、挨拶を交わしたのだが、良い人そうで安心した。
きっと生涯姉だけを愛し、側にいてくれることだろう。

私もそんな相手が欲しい、と少しだけ羨ましいく思った。

そう、例えば……

「長谷部、さっきは妹を案内してきてくれてありがとう」

「主の命とあらば、なんなりと」

彼のような人がいいな。

その日は姉の本丸に泊まった。
家族のこと。
審神者になってからのこと。
姉の愛する人のこと。
話題は尽きることなく、一晩中語り明かした。

「ありがとうございました」

「気をつけて帰ってね」

「うん、元気でね。旦那様とお幸せに」

「ありがとう。あなたも頑張ってね」

姉はわかっていたのだと思う。
私の中に芽生えかけていた気持ちを。

だから、打刀の鍛刀レシピをこっそり渡してくれたのだ。

私が、私の──私だけの“彼”に出逢えるように。

結界を出ると、そこにはのどかな里山の風景が広がっていた。

レシピを手に歩き始める。
足元にはこんのすけが寄り添うようにトコトコと。

季節は夏に変わろうとしていた。

これから私の物語が始まる。


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