友人が大事に育てていた近侍が折れたらしい。 朝届いた文でそのことを知った私はすっかり混乱して怖くなり、文を持って来てくれた前田くんに縋りついてしまった。 「前田くん…前田くんは折れたりしないよね…?」 「はい、ずっとお側におりますよ」 私より身長が低くて細いのに、しっかりと抱き締め返してくれる。 小さくとも彼は男なのだった。 私なんかよりずっと冷静で頼りになる。 もちろん、審神者になる時の講習会で刀剣男士が“折れる”こともあるのだと聞いてはいた。 しかし、これまではあまり実感なく過ごしてきたのだ。 ──彼らは刀であり、戦闘によって破壊されることもある。 それが突然現実味を帯びて身近に迫ってきた感じだった。 「どうした、主」 「三日月…」 前田くんに縋りついていたところを見られた恥ずかしさから俯くと、前田くんが説明してくれた。 「あいわかった。どれ、俺が代わろう」 「頼みます」 前田くんの腕から三日月の腕へと渡される。 三日月の胸に顔を埋めると、焚きしめられた香の上品な良い香りがして、ほっと息をついた。 優しく背中を撫でられる。 「まぁ、形あるものはいつか壊れる、それがいつになるかというだけの話だ」 「壊れちゃやだ…」 「お前を置いていきはしない。約束しよう」 「そうなる前に…神隠し?」 「そうだな。それも悪くない」 「その時はどうか僕もお供させて下さい」 「前田くん…」 「今後も、僕は主君の刀として末永くお仕えしたい」 「ははは、では、いっそ本丸ごと神域に引き込むか」 「いつまでもみんなと一緒にいられるなら…」 思えば、この時、私は病んでいたのだと思う。 三日月の提案がこの上なく魅力的な話に思えたのだ。 「今は幸せか?なまえ」 三日月の問いかけに少し考えてから頷く。 あの後。 歴史修正者との長い戦いがやっと終わり、本丸を解体せよとの通達が来たその日、三日月は本丸がある里山ごと神域に引き込んだ。 政府から見れば、私は三日月によって神隠しされたことになる。 事実、幾度か政府から派遣された者が神域の破壊を試みたものの、そのどれもが失敗に終わった。 諦めたのか、ここ暫くの間、結界に接触してくる者はいない。 「幸せだよ、とても」 庭からは短刀達が楽しそうに遊んでいる声が聞こえてくる。 長谷部と光忠と歌仙は台所で夕餉の支度にとりかかっている頃だろう。 みんな一緒だ。 私が望んだ『変わらない日常』がここにある。 けれど、どうしてだろう。 時々、ふとした拍子に後悔にも似た感情がわきあがってくるのは。 他に大切なものを守る方法は無かったはずなのに。 「つまらぬことを考えるな。お前が幸せであればそれでいい。皆そう望んでいる」 私の迷いを払拭するように三日月は手で目隠しをした。 そうすると、全てが闇に包まれて何もわからなくなる。 「よきかな、よきかな」 ただ、三日月の穏やかな優しい声だけが耳に響いた。 |