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遠くから叫び声が聞こえた気がして目が覚めた。

パソコンでこれまでの戦績を確認していたところ、ついうたた寝をしてしまったらしい。
誰かに見られなくて良かった。また心配されてしまうところだった。

立ち上がって障子を開ける。
途端に、嵐が過ぎ去った後のような強い風がごうと吹き付けてきて、乱れた髪を手で押さえた。

やけに静かだ。

この時間なら、まだ遊んでいる短刀達の声が聞こえてきたり、畳んだ洗濯物を各部屋に届けに行くために廊下を歩いている歌仙の姿が見えたりするはずなのだが、本丸の中は静まりかえっている。

──まるで誰もいないみたいに。

不安になって部屋から一歩踏み出した時、廊下をこちらに向かって歩いて来る長谷部の姿が見えてほっとした。

「長谷部…!」

小走りに駆け寄って抱きつくと、揺るぎもせずに受け止めてくれる。
逞しい身体に腕を回して胸板に顔を埋めれば、ボディソープの爽やかな香りがした。

「お風呂入ってきたの?」

「はい。汚れたまま主のもとへ参るわけにはいきませんので」

相変わらず真面目というか律義というか。
とにかく、いつも通りの長谷部で安心した。

「先ほどまでお休みになっていたのですか?」

「えっ、どうして?」

「主のことならすぐにわかりますよ」

大きな手の平で優しく背中を撫でられる。

「丁度良かった。もうしばらくお休み下さい。その間に夕餉の支度を致しますので」

「あれ?光忠は?」

「俺がお作りしたいのです。お嫌ですか?」

「ううん、そんなことはないけど…」

なんだろう。
何かがおかしい気がする。

長谷部に促されて部屋に戻ると、蚊帳を吊って布団を敷いてくれた。

「さあ、俺の膝にどうぞ」

「ありがとう」

枕元に座った長谷部が膝枕をしてくれる。
浴衣の生地越しに感じる長谷部の体温が心地よい。
そうして髪を撫でられている内に、またとろとろと眠気が忍び寄って来るのを感じた。

「長谷部…」

「はい。お側におります」

打てば響くように返って来る応えに安心して目を閉じる。
心の片隅にはまだ違和感が残っていたが、それを上回る愛しさに覆い尽くされて、やがて気にならなくなった。

長谷部がいるなら大丈夫。
何も心配はいらないと思える。
そう信じさせてくれる。

「長谷部、大好き」

「俺も、心よりお慕いしております」

甘やかすような手つきで髪を梳かれ、優しく囁かれて。
ついに意識が途切れて眠りに落ちていく。

「ゆっくりお休み下さい、俺の……俺だけの主」

長谷部は起こさないよう静かに立ち上がると、蚊帳の外に出て開かれたままの障子を再びぴたりと閉じた。

強い風に吹かれながら離れから屋敷に続く廊下を歩いていく。

今日は主のお好きな料理を作ろう。
今朝収穫したばかりの夏野菜を使った、美味しい料理を。

その後は片付けが待っている。
主が見てしまう前に後始末をしておかなければ。

生きて動くもののいなくなった本丸の中を歩いて台所へと向かう長谷部は上機嫌で、この上なく満足していた。


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