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長い夜がようやく終わろうとしている。
空が白み始めるまでがとてつもなく長く感じられた。

独りぼっちで迎える朝。
まるで胸の中にぽっかり大きな穴が開いてしまったような気がする。

もう、朝になっても起こしに来てくれるひとは誰もいない。
台所から光忠や歌仙が作るご飯の美味しそうな匂いが漂って来ることもないし、庭ではしゃぐ短刀達の声が聞こえることもない。

皆、みんないなくなってしまった。
彼らはあるべき姿に──刀剣へと戻ってしまったからだ。
他ならぬ、審神者である私の手で。

始めから予想されていたことではあったが、歴史修正者との戦いが終わった途端、政府は審神者達に刀剣男士達を元の刀に戻すよう通告してきたのだ。
与えられた猶予は僅か三日。
その最後の三日間、彼らが出来るだけ幸せに過ごせるように手を尽くすことしか出来なかった。

最後の夜、私は一人ずつ彼らをこの離れに呼んで、別れの挨拶を交わしてから刀剣へとその姿を戻していった。
泣きじゃくって別れを惜しむ者、明るく励ましてくれる者、静かに運命を受け入れる者……彼らの反応は様々だった。

苛烈な戦いを強いた上に、用が終わればまた物言わぬ刀に戻される。
そんな自分勝手な人間という存在を恨んでもおかしくないのに、恨み言を言う者は一人もおらず、むしろ、これから先の私の未来を案じてくれる者ばかりだった。
審神者でなくなった後どうなるのか私にもまだわからない。
歴史修正者との戦いを無かったことにするつもりならば、私達は人知れず闇に葬られるだろう。
賢い彼らはそのことを心配してくれていた。
それを大丈夫だからと宥めて、感謝の言葉を伝えながら元の姿に戻していくのは想像を絶するつらさだった。

「……長谷部」

長らく近侍を務め、誰よりも大切な存在だった刀剣男士の名を呟く。

「長谷部……長谷部」

もう答えてくれる声はないのだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

「……こわい……」

誰もいなくなった今だから漏れ出た本音。
これからどうなってしまうのか……たとえ助かったとしても、みんながいなくなった世界でどうやって生きていけばいいのか、まったくわからない。
怖くて怖くてたまらない。

「助けて……長谷部」

「はい。俺にお任せ下さい」

聞こえるはずのない声が耳に届いて、うつ向けていた顔を上げる。

「やっと貴女の本当のお気持ちを知ることが出来た」

いつものように、私の前に、長谷部が座して控えていた。

「長谷部…っ!」

転びそうになりながら彼のもとへまろび寄る。
その胸に飛び込んだ私を揺るぎもせずにしっかりと受け止め、長谷部は優しく背中を撫でてくれた。

「長谷部…長谷部…!」

「俺は貴女のお側におります。決して離れたり致しません。これから先も、ずっと、永遠に」

「行くならば、早いほうがいいな」

また別の声が聞こえた。
聞きなれた、雅な声音。
そちらを見れば、刀を提げた三日月が立っていた。

「追っ手は俺が食い止めよう。その間に出来るだけ遠くへ逃げて、神隠しでもしてしまえ」

「三日月…!」

「なに、これも惚れた弱味というやつだ。最後くらい花を飾らせてくれ。何より、皆の願いでもある」

「ありがとう…三日月」

「さあ、早く行け」

立ち上がった長谷部が私の肩に羽織を掛けてくれる。
彼に手を引かれて廊下へ。
すれ違いざまに三日月を見ると、彼は胸が痛くなるような優美な微笑を浮かべていた。

「さらばだ、主」

「すまない。感謝します」

三日月に一礼した長谷部が私の手を引き走り出す。
誰もいない本丸を出て、里山の中に駆け込む。

長谷部に手を引かれて山道を走りながら、私の心には希望の光が差しはじめていた。

夜明けの星々のような微かな光が。


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