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本丸の一角にある寝殿造の部屋。
初めて見た時はその必要性がわからなかったが、三日月が来た今ならわかる。
ここは彼のための居室だったのだ。

几帳で仕切られた部屋の奥、一段高くなった畳敷きの場所には布団が敷かれている。
歌仙が日中干しておいてくれたのでふかふかのはずだ。

「良い月夜だな」

「そうだね」

紅葉の始まった木々が風情のある庭をのぞむ場所に二人並んで座り、夜空に浮かぶ月を眺める。
今宵は満月。
丸い望月を肴に、三日月の手には清酒が注がれた御猪口がある。
先ほどから少しずつ酒を味わいながら月見を楽しんでいた。

「主も飲むといい」

「私はお茶でいいよ。酔っちゃうと困るから」

「まあ、そう言わずに一口飲んでみろ。美味いぞ」

「じゃあ…一口だけ」

お茶を飲み干した湯飲みを差し出そうとすれば、それを制して御猪口が渡される。

「さあ、遠慮なくいくといい」

「ありがとう」

間接キス…と思わないでもなかったが、おおらかなこの刀剣男士がそんなことを気にするはずがないかと思い直し、御猪口に口をつけた。
長谷部あたりが見たら騒ぎそうだ。
二人きりで良かった。

「ん、美味しい」

三日月のためにわざわざ取り寄せた名酒は、一口だけでもそれとわかるほど味わい深いものだった。

「ありがとう、三日月」

「本当に一口でいいのか?」

「うん。一口でも、一瞬くらっと来ちゃったから」

「そうか、残念だ」

「顔赤くなってない?」

「いつも通り可愛いぞ」

「もう…そういうのどこで覚えてくるの…」

「ははは、怒るな怒るな。俺は正直者でな」

そう笑う三日月は少しも酔っている様子はない。
お酒に強いのは素直に羨ましいが、私で遊ばないでほしい。

「どれ」

「えっ、きゃっ!」

急に三日月に抱き上げられて慌てる。
彼はそのまますたすたと歩いて布団まで行くと、そこへ私を寝かせて自分もその横に寝転がった。

「今夜は冷える。俺が添い寝してやろう」

「な、何言って…」

「酔ってしまったのだろう?離れに戻るよりここで寝たほうが早い」

「だ、大丈夫だよ!」

「ん?そうは見えんがな」

もがく私を抱きすくめて三日月は楽しそうに笑う。

「はっはっは、主は可愛いな」

「三日月!」

「今夜だけはどうか俺の側にいてくれ」

頼む、と言われてしまえば、それ以上拒めきれず、私は暴れるのをやめた。
三日月が優しい手つきで髪を撫でてくる。

「良い子だ」

そんな優しい声でそんなことを言うのはずるい。
抵抗出来なくなってしまう。

「どうしたの、急に」

「そうだな…あまりに月が美しすぎるせいかもしれんな。お前を独り占めしたくなった」

古来より、月の光はひとを狂わせるのだというが、この男を狂わせた月が憎らしい。

それが嫌ではない自分自身も。

こんなことを思うのは月の魔力のせいか。
それとも──。

月光が差し込む室内で、三日月のぬくもりに包み込まれながら、私は静かに目を閉じた。


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