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離れにある主の部屋から一番近いのが、近侍のための部屋だ。
顕現して以来、そこには長谷部が暮らしている。

公私ともに主の一番は譲らない。
主が誰よりも頼りにするのは常に自分でありたい。
そのための努力は怠らない。
それが長谷部の矜持だ。

実は密かに、自分が居なければ何も出来なくなってしまえばいいと思っているのだが、もちろんそんな本心は誰にも明かせない。
愛が重いと言われようが、ただ気付かれないように少しずつ外堀を埋めていくのみである。

「長谷部、今大丈夫?」

今日も自室で近侍としての事務仕事をこなしていたところ、障子越しに遠慮がちな声がかけられた。

「主?どうかされましたか?」

素早く立ち上がった長谷部が障子を開ける。

後ろ手に何かを持っているらしいなまえが、照れくさそうに「あのね」と言った。

「今日はバレンタインでしょう?だから」

そう笑って、後ろ手に持っていたものを長谷部へと手渡す。

どうやら仕事の合間につまめる感じで一口サイズの色々な味、色々な種類のチョコレートを用意したようだ。
ビター、ミルク、ホワイト、抹茶、アーモンド等のチョコレートが箱の中に並んでいる。

「いつもありがとう。大好きだよ長谷部」

「主……!」

思わず抱き締めてしまった。
他の刀に見られても構わない。
こんなにも愛おしい存在を今抱き締めなくていつ抱き締めるというのか。

無論、チョコレートの入った箱は文机の上に既に避難させてある。

「俺も、あなたを心よりお慕いしております」

「長谷部…」

「愛しています、なまえ様」

「ありがとう。凄く幸せ…」

「俺もです」

自らの胸に頬をすり寄せて甘えてくるなまえをしっかりと抱き締めつつ、その感触と体温を堪能する。
なまえ様が可愛すぎて死んでしまいそうだ、と思いながら長谷部は今この瞬間の幸せを噛み締めていた。

「あの、チョコ食べてみてくれる…?」

「はい、頂きます」

離しがたくて、なまえを腕に抱いたまま文机の前へ移動する。
そうして、長谷部は箱の中から一つチョコレートを取り出すと、早速食べてみた。

「美味しいです、とても」

なまえが自分のためだけに作ってくれた事実だけでも嬉しいのに、そのチョコレートは最高に美味しかった。

「なまえ様」

「あ、長谷部」

恥じらうなまえに唇を重ね、チョコの甘さを纏わせたままの熱い舌を口内に侵入させる。
縮こまっている舌を舌で撫でて愛撫し、ねろりと絡めとって吸い上げた。

「んっ……ん……」

散々甘い口腔を味わってから唇を離すと、ようやく解放されたなまえは少し頬を赤く染め、息を乱していた。
己の腹の奥底でぞろりと欲望が蠢くのを感じて、長谷部は喉を鳴らす。
まだだ。今は、まだ。

「今夜、お部屋に参ります」

「…うん」

己と同じ欲を秘めた眼差しを交わして、こくんと頷いた主に軽く口付ける。

「チョコレート、ありがとうございます。大事に頂きますので」

「うん、喜んでもらえて良かった」

無邪気に笑顔を向ける主は知らないだろう。
今、頭の中であられもない姿にされ、淫靡に犯されている様子を想像されているなどとは。
そして、今夜長谷部がそれを実現させるつもりでいるということも。

──あなたが想うよりずっと深く激しく、俺はあなたに溺れているのです。
もはや取り返しがつかないくらいに。


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