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春の景趣に変えた途端、雨の日が増えた気がする。
春に三日の晴れ無しというのは本当らしい。
せっかく暖かくなってきたのに、こう雨の日が続くと何だか憂鬱な気分になってしまう。

「雨に濡れる桜を眺めるのも、また乙なものだぞ。主」

雨が降ろうが槍が降ろうが、この人ばかりは変わらない。
天候などに左右されることなく泰然としていられるその器の大きさを素直に羨ましく思う。
どれだけの歳月と経験を経ればその境地に到れるのだろうか。
天下五剣の内の一振りがひとの形を取っているこの男に限っては、少なくとも生きている間には敵う気がしない。

「あっ」

「どれ、今日は俺が甘やかしてやろう」

そんなこちらの気持ちなどお構い無しに、三日月はやや強引に私の手を引いた。
彼の胸に倒れ込むと、そのまま膝に頭を乗せられる。
膝枕だ。

「よしよし、そのまま大人しくしているといい」

「三日月…」

「どうだ、そこから見上げる桜は」

言われて視線を転じれば、雨に濡れた桜の花が目に入った。

「美しいだろう」

「本当…綺麗」

「儚いからこその美だ。人もまた同じ。限りある命だからこそ輝いて見える」

「私も?」

「無論。桜の花と同じくらい美しいぞ」

「ありがとう。御世辞でも嬉しい」

「世辞ではないのだがな」

三日月が苦笑する。
至近距離で見上げるその整った顔立ちは、天下五剣一美しいと評されるだけあり、凛々しくも美しい。
思わず息を飲んだ私をどう思ったのか、三日月は優しい手つきで私の髪を撫でた。

「お前も飲むか」

その手には白い盃。
中身は、政府の息がかかったネット通販で入手した年代物の名酒だ。
今日は花見だからと、いつものお茶ではなくこのお酒を所望されたのだった。

「たまには羽目を外しても良いのではないか?ん?」

双眸に浮かぶ二つの三日月を見上げながら頷けば、そのまま美しい顔が近づいて来て口移しでお酒を与えられた。

重ね合わされた唇と唇。

濡れたそこの感触を惜しむように軽くついばんでから、三日月の唇は離れて行った。
少し遠くなった美貌の代わりにまた桜色が目に入る。

「なんだか物凄く贅沢をしている気分」

「はっはっは、そうかそうか。実は俺も同じことを思っていた」

また私の髪を撫でて三日月が笑う。

「こうして主を独り占めしていると知られれば、他の刀達に妬まれそうだ」

「そんなことないよ」

「いや、長谷部あたりは真剣に危うい」

「ああ…長谷部は…うーん」

修行から戻って来たかと思えば、更に拗らせて帰って来た長谷部が今のこの状況を見たらどんな反応を示すか容易に想像出来てしまい、私も苦笑する。

「でも、もう少しだけ」

「そうだな」

髪を撫で梳く手の感触が心地よくて、うっとりと目を閉じた。

三日月はまた桜を見上げているのだろうか。

それとも、彼を地上に繋ぎ止めている私を見下ろしているのだろうか。

あの美しい三日月を湛えた瞳で。

彼に見つめられることの出来る桜も私も、幸せ者だと心から思った。


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