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「実は、長谷部と上手くいってなくて……」

審神者仲間から受けた相談内容に、珍しい、と思った。

どの本丸でも、大抵長谷部は主と上手くやれているものだ。
気難しい刀もいる中で、比較的早くから信頼関係を築きやすい相手だと言える。

「具体的にはどんな感じなの?」

「何を話しかけても冷たいというか、避けられてる気がする」

「それは……」

嫌われていると感じても仕方がない状況だ。
想像していたよりも事態は深刻そうだった。
もしかすると、場合によっては政府の介入が必要かもしれない。

「あなたのところの長谷部はどう?」

「うちははじめからグイグイ来てくれたから、参考になるかどうか」

「そう……個体差なのかなぁ」

あからさまに気落ちした様子で、審神者仲間は私の傍らにずっと黙って控えていた長谷部に目を向けた。

「あなたはどう思う?」

「俺が意見など、とてもとても。主の思うがままになさると良いでしょう」

「うちの長谷部、極めてるから」

驚いた顔をしていた審神者仲間は、「そっか」と言って寂しげな笑みを浮かべた。

「私のところも極になったら変わるのかな」

「試してみる価値はあると思う。それでダメそうなら、やっぱり政府に相談したほうがいいよ」

「そうだね、そうする。今日はありがとう」

審神者仲間は何度もお礼を言って帰っていった。
少しずつでも上手くいくといいけれど。

そう思っていたのに。

「行方不明?」

二週間後、こんのすけからもたらされた報せに、私は愕然とした。

あの時私に相談に来た審神者仲間の彼女が自分の本丸からいなくなった。
政府が行方を探してはいるが、何処へ行ってしまったかはまだわからない、ということだった。

だから、私はてっきり長谷部の件で限界がきた彼女が職務を放棄して逃げ出したのだと思っていたのだが、

「神隠しです、主さま」

声をひそめるように囁いたこんのすけの言葉に、自分が思い違いをしていたことを知った。

「神隠し…?」

「本丸からはへし切長谷部の姿も消えていました。政府は彼が審神者を隠したのだと考えています」

「まさか」

だって、彼女と長谷部は上手くいっていなかったのではなかったのか。
神隠しは普通、審神者に惚れ込んでしまった刀剣男士が行うものだ。
審神者になる前の研修でそう教えられた。
嫌いな相手を隠したりするだろうか?

「とにかく、主さまもお気をつけ下さい。刀剣男士に必要以上に好かれてはいけません」

こんのすけは、そう忠告して帰っていった。
何でも、管狐達だけで集まって対策を会議することになったらしい。

「主」

背後からかけられた声に、どきりとした。

「…長谷部」

一瞬でも警戒してしまった自分が馬鹿馬鹿しくて、すぐに力を抜いて振り返る。

「政府からは、なんと?」

「この前うちに相談に来た審神者仲間の人が神隠しにあったって」

「ああ、やはりそうでしたか」

長谷部は驚いた風もなく、納得したような顔で答えた。

「お話を伺った時から、いずれはそうなるだろうと思っていました」

「どうして?」

「あの方は嫌われていたわけではないからです。むしろ、危ういほどに愛されていた」

俺達は刀ですから、と長谷部は笑ってみせた。

「いつか自制が効かなくなる。それを恐れて、主から遠ざかろうとしていたのでしょう。しかし」

「嫌われていると思っていた彼女は、自分から積極的に彼に近付いていってしまった…」

私は長谷部を見上げた。
私の大事な近侍。
この本丸の誰よりも心を許せる、心から信頼出来る唯一の存在。

そのはずだった。

でも、今、目の前にいる彼は、まったく知らない男に見える。

その淡い青紫の双眸に宿る光は、愛か狂気か。

「…長谷部」

恐怖を振り払うように長谷部に手を伸ばせば、柔らかく抱きしめられる。

「大丈夫です、主」

深い安堵を覚えて息をつけば、背中を優しく撫でられた。

「あなたを隠す時は…俺は、もっと上手くやりますから」


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