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清々しい新緑の季節。

これから梅雨に入るとは思えないほど青く澄み渡った空を見上げながら一息ついた。

「たくさん収穫できるといいのですが」

「うん、そうだね」

耕して、種を撒いて、土を被せて、お水をあげて、と。
短刀の平野くんと二人きりでの畑仕事はさすがにきつかったが、何とかやりきった。

「二人ともお疲れさま。お茶にしようか」

畑仕事を終えて母家に戻ると、畳んだ洗濯物を運んでいた歌仙に会った。

「麦茶がいいな。よく冷えた冷たいの」

「やれやれ、まったく君は」

お茶をたててくれようとしたのだろうが、労働の後は冷たい飲み物がほしい。

「今持って来るよ。少し待っていてくれ」

「はーい」

歌仙は初期刀としてよくやってくれている。
審神者になって以来、彼には助けられてばかりだ。
畑仕事を嫌がるのだけは困りものだけど。
「兵糧の管理は大事ですから」と率先して引き受けてくれた平野くんを見習ってほしい。

そうこうする内に歌仙が二人分の麦茶をグラスに入れてお盆で運んで来てくれた。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。さあ、喉を潤すといい」

「うん」

遠慮なくごくごく飲むと、よく冷えた麦茶が喉を滑り降りていった。

「はぁ…美味しい」

「一息ついたら風呂で汗を流しておいで。それから古典の授業にしよう」

「うう…はぁい…」

歌仙との授業が嫌なわけではないのだが、昔から古典だけは苦手で、どうしても拒否反応が出てしまう。

審神者になる前、私はごく普通の女子高生だった。
成績はよくも悪くもなく平均位。
それが突然政府の要請で審神者に任命されたものだから、特別に政府が手配してくれた通信教育で残りの勉強をさせられている状況なのだ。
タブレットを使って勉強をしつつ、審神者の仕事をこなす毎日である。

歌仙はその手助けをしてくれているのだった。

数学だけはさっぱりあてにならないけれど、古典や歴史、美術ではとても頼りになる。
特に苦手な古典では、彼は良い教師となってくれていた。

だから歌仙は私のせんせいなのだ。

「やあ、お帰り。早速始めようか」

歌仙に言われた通り、お風呂で汗を洗い流してさっぱりしてから離れの自分の部屋に戻ると、もう歌仙が授業の準備をしていたので、そのまま勉強を開始することになった。

「きみがため おしからざりし いのちさえ ながくもがなと おもひけるかな」

「いつ死んでも構わないと思っていたのに、君と会うとずっと一緒に生きていたいと思えるんだ」

「ああ、いいね。どんな人物が詠んだ歌だと思う?」

「名前知ってるよ?」

「重要なのはイメージさ。どんな人物がどんな状況で詠んだのか想像してみるといい」

「じゃあ、悪の組織との最後の戦いに挑もうとしてる凄腕のスナイパー」

「君のその想像力が豊かなところ嫌いじゃないよ」

「えへへ…歌仙、次は?」

「あふことの たえてしなくば なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし」

「もう随分会っていないな。こんなに苦しいならいっそ最初から会わない運命だったらよかったのに」

「そうだね。いいと思うよ」

「これは何でも凄く完璧にこなせる公安のエースが、トリップしてきた女の子に恋をしたけど離ればなれになることになって詠んだ歌かな」

「…随分具体的だけど、何か参考にしているものがあるのかい?」

「想像だよ!想像!」

「…まあいいか。訳自体は間違っていないから良しとしよう」

「今日はこれでおしまい?」

「ああ、食事の支度があるからね」

「私も手伝う!」

「指を切らないでくれよ?」

「もう、歌仙てば。最初の時だけでしょ。慣れてなかったんだもん」

「わかった、わかった。じゃあ、上達しているところを見せてくれ」

「うん、任せて!」

タブレットを片付けて、歌仙と共に台所へ向かう。
ふざけて腕に抱きついても、やれやれといった風に苦笑するだけで怒られなくなったのはかなりの進歩だ。

だから、和歌の現代訳する時に漫画を参考にしたのは秘密にしておこうと思う。


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