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長谷部と海辺の旅館に二泊三日の旅行に行くことになった。
戦績が抜群に良いからと、政府から“ご褒美”として、護衛を連れての休暇を許可されたのだ。
今日はその初日である。
海に行く前に水着を買いに来ているところだった。
何しろ急な話だったので用意が間に合わなかったのだ。

「いっぱいあるね」

海の近くの店ということで、品揃えが良い。
男性用は普通の水着はもちろん、競泳用からムタンガまで揃っている。
種類が多すぎて長谷部は困っているようだ。

「俺はよくわかりませんので主にお任せします」

「わかった。任せて」

ムタンガを穿かせたい衝動にかられたが、我慢して普通のハーフパンツ型の水着を選んだ。

「これなんてどうかな?」

「いい色ですね」

さすが主です、と持ち上げられれば悪い気はしない。
ついでにハーフパンツに合わせてパーカーも買うことにした。
ビニールバッグとビーチサンダルも。

「じゃあ、早速試着してみようか」

「はい」

水着とパーカーを長谷部に渡して試着室へ。
しばらくしてドアが開き、鏡をバックに神妙な面持ちをした長谷部が現れた。

「凄い!カッコいい!よく似合ってるよ長谷部!」

「そ、そうですか?自分ではわかりませんが…」

「大丈夫だよ。あんまりカッコいいから惚れ直しちゃった」

「主…」

抱擁しようと長谷部が腕を広げたが、ここはまだお店の中なので我慢。
長谷部が脱いだ服をタオルと一緒にバッグに入れて彼に渡した。

「次は私の番ね」

長谷部が着替えている間に選んでおいた自分の水着を手に試着室に入る。
着替えにはそれほど時間はかからなかった。
ドアを開けると、私を見て赤くなった長谷部がさっと顔色を変えたのがわかった。

「主、本当にそのような格好をなさるのですか」

「え?おかしい?」

「いえ、とてもよくお似合いです。ですが…まるで下着姿のような…」

「海はそういうところなの!それに、水着になるのは泳ぐ時だけだから大丈夫!」

「…しかし…」

「もう…長谷部は心配性なんだから」

「申し訳ありません。ですが、貴女のそのような姿を知っているのは俺だけでありたかったのです」

「長谷部…」

思わず抱きしめてしまったが、それは仕方のないことだろう。
長谷部が可愛いのがいけない。

水着は着たままで、長谷部は上にパーカーを。
私も水着の上にパーカーとショートパンツという格好で海に向かった。

これで着替えのための更衣室の混雑を避けられる。

長谷部は店を出た時はまだ納得していなさそうな顔をしていたが、海が見えてくると目に見えて顔が明るくなった。

さあ、海だよ長谷部。
一緒に夏を堪能しよう。

空は晴れ渡り、絶好の海水浴日和だ。
ビーチへとやって来た私達は、早速荷物を預けて海に入った。

「長谷部、泳げたんだね」

「錆び付いて沈むと思われましたか」

「そこまでは…でも、どこで覚えたの?」

「泳法ならば本丸の敷地内にある川で鍛錬致しました」

いつの間に。
刀剣男士達が自主的な鍛錬をしているのは知っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。

「送り込まれた先で何があるかわかりませんから、日々備えています」

「凄いね。長谷部もみんなも頑張ってくれてるんだね」

「主命を果たすためならば何でも致しますよ、俺は」

どこか誇らしげにそう言った長谷部に、素直に感心した。
頼もしい限りだ。

「主、あれは何をしているのですか?」

「ああ、ビーチフラッグだね。あの旗を取った人が勝ちだよ」

「瞬発力が鍛えられそうですね」

機動お化けの長谷部が瞬発力まで兼ね備えたらどうなってしまうのだろう。
一瞬恐怖を感じないでもなかったが、それが彼らが使命を果たすために必要なことなら喜んで推奨したい。

「帰ったら相談してみようか。砂場を作らないと」

「用意出来そうですか」

「鍛錬のためだって言えば政府も動くと思う」

「ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません」

「いいの、気にしないで」

個人的にビーチフラッグに勤しむ刀剣男士達を見てみたいと思ったのは内緒だ。

「長谷部、ちょっと休憩しよう」

「はい」

長谷部はまだ余裕がありそうだったが、私のほうが先に疲れてしまった。
やっぱり運動不足なんだな、と反省する。

海の家に入ると、先に中にいた女の子達のグループが長谷部を見てきゃっきゃっとはしゃぎはじめた。

「長谷部、何を食べる?」

「主と同じものを頂きます」

「じゃあ、焼きそばにしようか」

「いいですね」

店員さんが注文を聞きにきたので焼きそばを二つと飲み物をお願いする。

先に来た飲み物を飲んでいると、女の子達のグループが近付いて来た。

「あの、お二人だけですよね?」

「私達この後ビーチバレーやるんですけど、良かったらご一緒にどうですか?」

私が口を開こうとする前に、長谷部が彼女達を鋭く睨み付けた。

「断る。邪魔をするな」

「こらこら、長谷部」

「申し訳ありません。ですが、主に気安く話しかけるなど」

「せっかく誘ってくれたのにごめんね」

「い、いえ、いいんです。お邪魔しました」

彼女達の狙いは明らかに長谷部だったから断るつもりでいたけれど、まさか長谷部があんな風に言うなんて。
でも、ちょっとかっこよかった。

「焼きそば食べたら何をしようか」

「この長谷部、主の御為ならば何なりと」

うーん、どうしよう。


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