「担当の赤屍蔵人と申します」

「よろしくお願いします」

オルゴールのBGMが聞こえる照明を落とした部屋に通され、フットバスに足を入れる。

「ゼラニウムとネロリの精油を入れています」

心地良い泡が足を包み、私はたまらず目を閉じた。
暫く忙しくてまともに眠れない日々が続いていたのだが、ここでマッサージを受ければ久しぶりにぐっすり眠れそうだ。

フットバスが終わるとベッドにうつ伏せに横たわる。

「マッサージはマジョラムとラベンダーをブレンドしたオイルを使います。香りはいかがでしょう?」

ガラス瓶の中のキラキラ光るオイルは素晴らしく良い香りがする。

「これでお願いします」

「かしこまりました」

赤屍さんは手にオイルをたっぷり含ませると、私の背中にあてがい大きくさすりはじめた。
ゆっくりと力強く、ぐっぐっとオイルをすり込んでくれる。

「皮膚が固くなっていますね。綺麗な肌をしていらっしゃるのに、ストレスで本来の輝きを失っています。随分お疲れのようだ」

赤屍さんは手を休めることなく、優しい声でそう告げた。

「痛かったらおっしゃってくださいね」

労られるのはなんて気持ちが良いのだろう。
気遣ってもらうのはなんて気持ちが良いのだろう。
大きな手が背中をすべって、ほのかな甘い香りの中で溶けていきそうになる。

仰向けになって二の腕から手首までのマッサージ。
やわやわと腕を揉まれる。何度も何度も。
肩をくいくいと揉まれてそのまま首の後ろに手を回され、優しく揉みほぐされる。
しなやかな指がするすると首から肩までを押し流した。
ギューッとツボを押されて意識が途切れ途切れになり一瞬眠りに落ちそうになる。

両腕をたっぷりマッサージされた後、今度は手の平。
大きな手が私の手を包んで、ゆっくりとさすってくれる。
オイルですべりのよくなった指をつけ根から指の先まで一本一本丁寧に、しぼるように。
最後はきゅっと締めて軽くひっぱる。
10本の指全てを時間をかけて癒してくれる。

やがてお腹の上に手のひらを置かれ、ゆるゆると時計回りになでられた。
くすぐったくはなくてとてもあたたかくて心地良い。
いつも感じていた胃の重石が融けて、ふわりと気持ちが軽くなるようだった。
お腹がやわらかくなってくると、赤屍さんの手は撫でるのをやめて少し強めに揉みはじめた。
右、左、右、左と両手を交互に使ってぎゅっぎゅっと毒素を揉みだすようにお腹全体をほぐしていく。
力強いけれどリズミカルに軽やかに揉んでくれるので痛くない。
その後両手でおへそを包んでくれる。
またうつ伏せになり、足裏を擦られる頃にはぐっすりと眠ってしまっていた。
気がつくとタオルケットを掛けられていた。

「ゆっくり着替えて下さい。今日のお客様はなまえさんおひとりだけですから」

隣の部屋から赤屍さんの声がした。なぜ今起きたのがわかったのだろうかと不思議に思いつつ着替えを済ませ、隣室に行くと、小さなテーブルの上にハーブティーとクッキーが用意されていた。

「ラベンダーティーです」

香り豊かなティーを口に含むと、とてもすっきりした。
身体も先ほどまでと違い、重い何かを脱ぎ捨てたように軽やかになっている。

「いつもお忙しくて大変だと思いますが、ご自分を信じて頑張って下さい」

唐突に赤屍さんが話し出した。

「何があっても私は貴女の味方ですよ」

それを聞いて私はティーカップを持ったまま泣いてしまった。

「大丈夫ですよ、大丈夫」

赤屍さんは優しく微笑んで繰り返し私の背中を撫でてくれた。


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