吹き抜けになっていて開放的なラウンジに入ると、爽やかな良い香りがした。
その香りといい、あちこちに配置された植物のお陰で、まるで森林の中にいるようだ。
そこにボリュームを絞ったクラシックが流れている。
これだけでも癒されるのに、ここで提供されるメニューはどれも身体に良いとされるオーガニックを中心としたヘルシーなものばかりらしい。

「肉はねぇのか」

中庭に面したテーブル席に座り、フルーツティーとお勧めサラダを注文したところで、その声は聞こえてきた。

「香草焼きステーキとローストビーフがありますよ」

メニューを見ながらそう教えると、男性は私を見てから店員さんに目を向けた。

「その女が言ったものを持って来い」

「かしこまりました」

急いでカウンターに注文を伝えに言った店員さんを目で追う。
こういうお客さんもいるから客商売は大変だなあ。

「おい」

腕組みをして偉そうにふんぞりかえって椅子に座っていた男性が言った。

「はい?」

「その伝票を寄越せ」

「えっ、あの、でも」

「いいから持って来い」

紅い瞳にじろりと睨まれ、私は慌てて自分のテーブルの伝票を彼に渡した。
さっきのお返しに払ってくれるということなのだろう。

「ありがとうございます」

「礼はいい」

怖そうな人だけど、意外と義理堅いのかもしれない。
いや、貸し借りを作りたくないというだけかも。

「ここにはよく来るのか」

「いえ、今日が初めてです」

見るからに他人なんてどうでもいい俺様っぽいのに、何が気に入られたのか、向こうから話しかけてくる。

そうする内に注文していたものが届いた。

「よくそんなものが食えるな」

「サラダですか?美味しいですよ」

「ふん…」

「お肉お好きなんですね」

「ああ」

会話が続いていることに自分でもびっくりだ。

「ここ素敵な所ですね。今流れている曲も綺麗で」

「ショパンのバラード第1番ト短調作品23だ」

「クラシックお好きなんですか?」

「そう見えるか?」

全然見えない。
男性がぶはっと噴き出して笑ったので、私もちょっと笑ってしまった。

「お前の名前は」

「苗字なまえです」

「ザンザスだ」

「ザンザスさん」

「さんはいらねぇ」

そう言われても、初対面の男性を呼び捨てにするのはちょっと抵抗がある。

「食い終わったか」

「はい」

サラダを食べ終えてフルーツティーを味わっていると、同じく食事を終えたザンザスさんが立ち上がった。
肩に羽織った上着を翻えしながら私を見据える。

「飲みに行く」

「えっと」

「着いて来い」

有無を言わせぬ口調だった。命令し慣れている人間のそれに、ゾクッとしつつも従ってしまう。

ブラックカードで支払いを済ませるザンザスさんを見ながら、これからどうなってしまうのだろうと考えた。


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