とりあえずカップルが避難しているはずの部屋へ行ってみよう。 そう考え、暗闇の中を数歩ほど歩いたところでなまえは足を止めた。 背後に人の気配。 恐怖で凍りついたなまえの肩に、ぽんと手が置かれる。 「いけませんね……一人で部屋を出たりして。危ないでしょう」 危うく叫びそうになったなまえの耳に、この数日の間に聞きなれたテノールが甘く響いた。 「あ……赤屍さんっ!」 振り返ると同時に、安堵のあまりなまえは思わず赤屍に抱きついた。 くす、と微笑が暗闇を震わせる。 「もう大丈夫ですよ。さあ、部屋に戻りましょう」 肩を抱かれて歩くうちに、なまえはふと自分の手がぬるりとしたもので汚れていることに気がついた。 さっき赤屍に抱きついた時についたのだろう。 「赤屍さん、怪我を……!?」 「いいえ。私の血ではありません」 それは背筋を凍らせる答えだった。 「返り血ですよ。先ほど犯人と遭遇した際に返り討ちにした時の、ね。ですからもう心配いりません」 犯人は死にましたから、とさらりと言われ、なまえはどう反応して良いか迷った。 「あの、あの二人は?」 「残念ですが……少し遅かったようです。私が部屋を出たのは、彼らの部屋から物音が聞こえてきたからだったのですが、その時にはもう手遅れでした」 「そんな……」 なまえは愕然とした。 赤屍が嘘をついているとは思えない。 しかし、微妙に真相を隠されている気もして素直に喜べなかった。 赤屍が返り討ちにしたという“犯人”は、すべての殺人の犯人なのだろうか? いずれにしても朝になればわかるだろう。 ──朝日に照らし出された真実を受け止める覚悟がなまえにあるかどうかはともかくとして。 今確実に分かっているのは、このペンションで生きている人間は、赤屍となまえの二人きりだということだった。 みんな、みんな、死んでしまった。 なまえの瞳から溢れた涙を拭い、赤屍が唇を寄せる。 「安心しておやすみなさい。もう怖い事は起こりませんよ」 吹雪に閉ざされた、死体だらけのペンションの真っ暗な部屋の中。 なまえは殺人鬼かもしれない男の腕に包まれて、震えながら眠りに落ちた。 |