どこかに隠れてやり過ごそう。

そう決めたなまえは辺りを見回した。

エントランスホールの上からぶら下がっているトイレのマークを見つけて、とりあえずそこへ向かう。

当たり前だが、トイレの中には誰もいなかった。
一番奥の個室に入り、便座の蓋を閉めてそこに腰を下ろす。
その途端、ドッと恐怖心が溢れ出てきた。
がたがたと震える身体を抱き締めるようにして縮こまる。

(誰か…助けて…!)

なまえがここにいることは誰も知らない。
助けなど来るはずがないことはわかっていたが、そう願わずにいられなかった。

──そうやって座り込んだまま、どれくらい時間が経っただろう。

もう悲鳴も聞こえなくなっていた。

皆死んでしまったのだろうか。

じわりと涙が滲む。

こんな所、来るんじゃなかった。
どうしてあんな招待状に騙されてしまったのだろう。

ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。

うつむいていたなまえの目に、トイレの床にある丸く赤い点が見えた。
ぽた……ぽた……と音を立てて、上から滴り落ちて来た赤い雫が、床に落ちたものだと気付いたなまえは上を見上げた。

そこに、ピエロがいた。

トイレのドアの上から覗き込んでいるピエロの真っ赤に染まった口から、ぽたぽたと血が滴り落ちていたのだ。

「いやああああああーー!!!」

恐怖に満ちた悲鳴をあげた、次の瞬間、なまえを覗き込んでいたピエロの額に丸い穴が開いた。

笑顔のままドアの向こうにずるずると落ちていったピエロを呆然と見つめていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「なまえ、大丈夫か」

「あ…赤井さん!?」

急いで鍵を開けてドアを開くと、そこにはライフルを片手に持った赤井が立っていた。

「連中は全て始末した。こいつで最後だ」

「どうして…」

「君には盗聴器と発信器を仕掛けてあったんでね。居場所はすぐにわかった」

「盗聴器…発信器…」

「遅くなってすまない。移動に時間がかかってしまってな」

「ふえ……」

その場に崩れ落ちそうになったなまえを赤井が支える。
そうして彼は片腕でなまえを軽々と抱き上げた。

「軽いな。帰ったらディナーをおごろう。君はもう少し肉をつけたほうがいい」

「赤井さぁん…」

「よしよし、もう大丈夫だ」

赤井に抱き上げられて外に出ると、他のFBIのメンバーの姿が見えた。

「お姫様の救出は成功したようね」

「ジョディさん…」

「他の観客達のことは心配いらないわ。怪我人も含めて全員保護してあるから」

「そう、ですか…良かった」

「他の観客を頼む。彼女は俺のマスタングで連れて帰る」

「わかったわ。任せてちょうだい」

赤井の車に乗せられ、なまえはぐったりとシートに沈み込んだ。

「もう終わったんだ。ゆっくり眠るといい」

赤井の優しく穏やかな頼もしい声に、なまえは素直に頷いた。

眠っても、悪夢は見ないだろう。

夢の中でも、この最強のスナイパーが守ってくれるに違いない。

なまえは安心して目を閉じた。


赤井END


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