“誰が訪ねてきても絶対に扉を開けないように”


七人の同居人達が仕事に出掛けていく際、彼らは口々にそういった意味の言葉をなまえに告げて出て行った。
特に蛮はああ見えて意外と過保護だ。
面倒見が良いなどと言っも、本人は否定するに違いない。

「ああ、もうこんな時間」

時計を見て昼時であることを確認したら、急にお腹が空いてきた。蛮達はなまえが持たせたお弁当を食べている頃だろうか。

掃除を一旦切り上げて、昼の支度に取りかかろうとしたところ、ノックの音が耳に入った。

“すぐに返事をしてはいけません。まずは覗き窓から相手を確認して下さい”
花月の忠告が蘇る。
なまえは言われた通り、足音を忍ばせてドアに近づいていくと、そっと覗き窓を覗き込んだ。
その途端、レンズの向こうからこちらを凝視している切れ長の目のドアップが目に飛び込んできて、思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまった。

「ご在宅のようですね」

笑みを含んだ男の甘い声がドアの向こう側から聞こえてくる。

「ドアを開けて頂けませんか」

“居留守がバレたら用件を聞け”
十兵衛がそう言っていたことを思い出し、なまえはどんなご用ですかと相手に尋ねた。

「美味しい林檎はいかがでしょう」

「林檎…?」

「ええ。どうぞご覧下さい」

恐る恐るもう一度覗き窓から見てみると、鮮やかな赤が目に映った。
艶々とした真っ赤な林檎。確かに美味しそうだ。
なまえのお腹がぐうと鳴った。
別に食い意地がはっているせいではない、顔も合わせないまま断るのは申し訳ないからと自分に言い訳しながら、なまえはドアを開いた。



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