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煌帝国、禁城の後宮の一室。
窓から室内にやわらかな朝の光が差し込む。
寝台の中では、紅い髪の少年と黒髪の少女が眠っていた。

少年の腕に抱き込まれるようにして眠っていた少女が僅かに身動ぎし、伏せられていた睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が開く。
隣でも少年が目を覚ましたところだった。

「おはよう、なまえ」

少年──紅覇が上体を起こし、そのまま少女、なまえを抱き寄せた。
やわらかく啄むように額に、頬に口付ける。

「おはようございます、紅覇様」

恥かしそうに頬を染めてなまえは紅覇の肩口に顔を埋めた。
紅覇は腕の中の少女に蕩けるような甘い微笑みを向けると、もう一度彼女の額に唇を落とした。
そしてごく自然な仕種でなまえを抱き上げ、寝台から出て寝室の続きの間へと移動する。

「紅覇様っ、自分で歩けます!」

「だめ〜。いいんだよ、こんな時ぐらい甘えてれば」

小柄で少女めいた容貌をしてはいるが、迷宮攻略者である紅覇にとって、なまえを抱き上げて運ぶのは容易い事だ。
寝室の隣に設えられた支度部屋へ移動し、待ち構える侍女になまえを託すと紅覇は自分の衣服に手をかけた。

そこには浴槽が設えられており、なみなみと湛えられた湯には色とりどりの花弁が浮かんでいる。
侍女は実に手際よくなまえの夜着を脱がせて浴槽に浸からせると隅々まで洗い上げる作業にかかった。
紅覇自身も湯に浸かり、ふうと息をつく。

「やっぱり朝は花風呂に限るよね」

彼は人一倍美容に気を使っている。
なまえも紅覇の妻になることが決まった時からずっと美容に関しての勉強を欠かさず行っているが、それでも彼には敵わない。

湯から上がったなまえを侍女が大きなタオルで包み、水気を拭ってガウンを着せ掛け、化粧台へと誘導する。
鏡に向かって座ったなまえに薄化粧を施していく。
紅覇の侍女だけあってその手際は見事しか言いようがない。
寝起きでまだ思考が覚束ないなまえはいつもなすがままだった。

「今日のお召し物はどちらにいたしましょう」

「牡丹の柄のやつ、持って来て。帯は緋色の」

自身も湯から上がった紅覇がてきぱきと指示を出す。

「髪は僕がやるからいいよ」

言いながら紅覇はなまえの髪を手に取った。
まずはブラッシングだ。
ブラシに髪をひっかけないよう優しくとかしていく。

「お前の髪は本当に綺麗だね」

癖のない真っ直ぐな黒髪は、結ってしまうのが勿体ないくらいだ。
綺麗に整えたところで、香油の瓶を手に取る。
髪の手入れ用の香油だけでも紅覇は世界各地のものを知っている。
気に入った物はわざわざ買い付けに行く事もあった。

「紅覇様」

「もうちょっとだからじっとして」

瓶から香油を少しの量だけ手にたらし、手の平でこねて伸ばす。
そして十分に延ばし終えたそれを髪に満遍なくつけていく。
大量につけるのではなく、あくまでも適量で。
香油はほのかに香るぐらいに控えるということだ。
手の平でのばして髪の表面に薄く被せるだけである。
べったりつけるとせっかくさらさらの髪が台無しになってしまうからだ。
結いやすくはなるが、脂ぎって見えて見苦しい。

「今日は庭園で朝食をとろうか」

香油を薄くのせた髪を再度ブラシでとかしながら紅覇が言った。

「はい、紅覇様」

「お前は素直で可愛いね、なまえ。大好きだよ」

真珠の髪飾りをなまえの髪に挿し、紅覇は満足そうにその唇にキスを落とした。

こうして、なまえの一日は始まる。


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