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まるでアラビアンナイトのようなこの世界へ飛ばされて、最初にぶち当たったのは言葉の壁だった。
外国語のようで、何を言われているかさっぱりわからない。
こちらの意思を伝えようにも、なかなか通じなくて思わず泣き出してしまったのだが、相手も相当困っていたはずだ。

しかし、後から呼ばれた人はどうやらかなり頭の良い人らしく、私の身ぶり手振りと、紙に書いた絵だけで大体のことを察してくれた。
そして、もう大丈夫だというように優しく頭を撫でてくれたのだった。

それ以来、言葉をはじめとして彼に様々なことを教わっている。

最初に覚えたのは、もちろん彼の名前だった。

彼の名はジャーファル。
私の恩人で、先生でもある。

彼とお勉強する内にわかったのは、ここが島国であること、シンドバッドという王様が治めていて、ジャーファルは彼の腹心の部下であるらしいということだった。
服装や文化からして、もしかするとアラブ系に近いのかもしれないが、生憎そちらの知識は詳しくなかったので比べようがないというのが実状だ。

「ジャーファル。質問、あります」

「うん?」

なんですかと優しく問い返された私は、脳みそをしぼって単語を繋げようと試みた。

「ジャーファル、は、私の、てんてー?」

「先生、ですよ」

「せんせい、です?」

「そうです。よく出来ましたね」

よしよしと頭を撫でられて、私は得意げに胸を張った。
ジャーファルの笑顔や態度からして、褒められたことはわかる。
誰かに褒められることがこんなに嬉しいなんて。
まるで小さな子供に戻ったような気分だった。
何しろ、ジャーファルが私を子供扱いするので。

「今日は私もここで一緒に食事をとります」

「ジャーファル一緒、嬉しい!」

「私も嬉しいですよ」

にこにこと、優しく微笑むこの人に、ほのかな恋心を抱いている。
でも、ジャーファルにとっては手のかかる教え子という感じなんだろうなあ。

「ほら、口についている」

ジャーファルが私の口元を布で拭いてくれる。
間違いない。この人、お母さんだ。
お父さんじゃないのかという突っ込みは待ってほしい。
私に対する過保護な対応は父親ではなく母親のそれに近いからだ。
「まるで親子みたいね」と他の部下の人に言われているのを見るあたり、やはり周囲からもお母さんのようだと思われているらしい。

着替えなどはさすがに侍女の人に手伝ってもらっているけれど、他のことは全てにおいてジャーファルが関わっている。

ここが異世界だと確信したのも、ジャーファルとのやり取りによってだった。
世界地図らしきものを広げて、私に指を指すように促されたのだが、地図に描かれている地形は私が知っている世界地図とは全く異なるものだった。
ニホン、ニッポン、ジャパン、という言葉にも、ジャーファルは首を傾げていたし、ただ単に過去の外国にタイムスリップしたわけではなさそうだ。

「全部食べ終わりましたね。えらい、えらい。さあ、勉強の続きをしましょう」

「はい、せんせい」

不便なことも多いけれど、少しだけいまの状況を楽しむ余裕も出てきた。

教え子から恋人へ。
この恋を実らせるのは大変そうだが、やり甲斐はある。

「なまえは本当に勉強熱心ですね」

よし頑張るぞと気合いを入れた私を見て、ジャーファルが嬉しそうに微笑むので、今日も勉強に励むのだった。


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