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まだ夜が明けきらない内に目が覚めた。

隣を見れば、まだ眠っているシンドバッド王。

こうして眠っていると、あどけない寝顔のせいでまったく人畜無害な人に見える。
だが、実際にはとても恐ろしい人なのだ。
それが運命だからなのだと言われれば納得するよりほかない。
この人は誰よりも重く昏い使命を背負っているのだから。

私はそれを“読んで”知っている。

この事は誰にも話すつもりはないが、この人はきっと気付いているだろう。
アラジンやアリババ、モルジアナと話している時、そして、八人将の人達と親しく交流している時などに、視線を感じる。
それを辿れば、必ずこの人の強い眼差しにぶつかるのだ。

皆は、私が単に異世界からやってきた何もわからない女だと思って優しくしてくれている。
あのジャーファルでさえ、気の毒に思ってか、私にこの世界のことを教える教育係を買って出てくれた。
彼のお陰で、この世界の言語を学び、読み書きが出来るようになったので、感謝してもしきれない。

でも、この人は違う。
初めから気付いていた。

だから、優しくされるたびに戸惑ってしまう。
秘密を抱える身だから、後ろめたさのあまり、なるべく関わらないようにしようとしていたのに、こちらの心の内にグイグイと踏み込んでくる。

私はこの人のことを“知っている”けれど、この人のことがわからない。

夜明けが近い。
直に空が白み始めてくるだろう。

もう一度眠ろうと、横向きになって目を閉じると、腹に太い腕が回され、ぐいと引き寄せられた。

「何を考えていた?」

詰問する口調ではない。寝起きの、のんびりした声。
でも、私にはそれが本当にそうなのかわからない。
だからこの人が怖い。

抱き締められたまま身を固くしていると、深い溜め息が聞こえた。

「こんなに優しくしているのに」

どうして懐いてくれないのか、とぼやくその声音からは一切昏いものは感じられない。

「ごめんなさい」

「ああ、謝らなくていいさ。どうせ日頃の行いが悪いせいだろう。わかっているよ」

うなじにぐりぐりと顔を押し付けられる。
すっかり拗ねてしまったようだ。

腕の中で見じろぐと、逃げ出そうとしていると思われたのか、一瞬、息も出来ないくらい強く抱き締められる。

「シンドバッド様、苦しい」

「俺はもっと苦しい」

そう言うが、腕の力は弱まった。
なので、身体の向きを変えて正面から向き直ると、よしよしとその頭を撫でてみた。

「ジャーファルに教わったのか?」

「違います」

「…俺から逃げ出そうとしないでくれ。頼むから」

今度は正面から抱き締められる。
肩口に埋められた顔は今どんな表情をしているのだろう。

「逃げません」

「絶対だな?」

「約束します」

「なら、いい」

ほう、と息をついた顔が肩口から離れていく。

「愛している、なまえ」

逃げたくても私には行くところがない。
この人の庇護下でなければ生きられない。
それを知ってか知らずか、そんな言葉で縛るなんてひどいと思った。

「よそ見をするな。俺だけを見ていてくれ」

「ジャーファルは私の先生です」

「君は俺以外と仲良くしすぎる。アラジンやアリババ、モルジアナ、それに、八人将の奴らもだ」

本当に困った人だ。
よしよしと撫でると、唇を寄せて来たので、それを避けて厚い胸板に顔を埋めた。

「口付けも許してくれないのか」

こんなに愛しているのにひどすぎる、と嘆く声を聞きながら、うとうとと眠りの中に引き込まれていく。

どこかで鳥が鳴いていた。


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