最近、時々耳鳴りがする。 そんな時は決まってぼんやりしているらしく、記憶が曖昧になっていることが多かった。 「困ったなぁ…」 「何がだい?」 急に独り言への返事が聞こえてギョッとする。 森を散歩していたのだが、気がつくと開けた場所に出ていて、そこには先客がいた。 「陛下!」 「その呼び方は好きじゃない。シンドバッドと呼んでくれないか」 人好きのする笑顔を浮かべた相手は、このシンドリアの国王であるシンドバッドだった。 「またお仕事抜け出して来たんですね」 「はは、ジャーファルには内緒にしてくれよ」 屈託なく笑う相手に毒気も警戒心も抜かれて、なまえも微笑んだ。 「ここは俺の秘密の場所なんだ」 「あ、すみません…私、」 「なまえなら大歓迎だよ」 いつの間にか迷い込んでいたこの場所は、王様の息抜きのための場所だったらしい。 木々に囲まれた緑の絨毯の上には可憐な野花が咲いていて、確かに落ち着く空間だ。 「それで、困っていることとは?」 「えっと…」 実は最近耳鳴りがして、と言うと、シンドバッドは「それは心配だな」と心配そうな顔で言った。 「医者には診て貰ったのかい?」 「いえ、たいしたことじゃないですから」 「…そうか。無理をしてはいけないよ。俺で良ければいつでも相談に乗ろう」 「有難うございます」 民や臣下を大切に思う国王の優しさに触れ、なまえは本当にこの国に住んで良かったと心から思った。 「君さえよければ、時々ここに来てくれないか。またこうして話をしよう」 「はい、シンドバッド様」 「よし、約束だ」 子供がするように指切りをしてくる。 酒グセ女グセが悪いと言われる人だが、全く下心らしきものは感じられない。 きっと心配して言ってくれているのだと思うと、胸が熱くなった。 「さて。そろそろ戻らないとな。今頃ジャーファルがカンカンになっているだろう」 「頑張って怒られて下さいね」 「おいおい、そりゃないぞ。なまえ」 苦笑したシンドバッドに笑って、なまえは「私ももう行きます」と一礼した。 「ああ、また会おう、なまえ」 「はい」 歩き去るなまえの後ろ姿をシンドバッドは静かに見送り、それからゆっくりとした足取りで王宮へ戻って行った。 |