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なまえは縢秀星の部屋にいた。

すっかり定位置となったカウンターバーのスツールに腰を落ち着けて、料理を作っている縢をぼんやりと眺める。
このスツールに座るといつもなまえはバーに来たような錯覚を覚えた。
それもアップライト・ピアノがジャズを流しているような、雰囲気のあるピアノバーだ。
しかし、実際のこの部屋の様子はそういったバーとは真逆のものだった。
所構わず雑多に置かれているのは、ゲーム機や怪獣などのフィギュアの数々。
唯一、ビリアード台だけは“それらしい”と言えなくもないが、全体の印象はまるで小さな子供の部屋だ。

部屋の住人のパーソナリティが表れているのだと言われれば、なるほどと納得出来る。
縢秀星は身長165pという小柄な体格と、冗談や軽口を叩くムードメーカー的な性格から、相手の警戒心を解くのが上手いが、当の本人はそう簡単に他人に心を開く事はない。
子供の無邪気さと残酷さ、そして狂暴性を秘めた彼の部屋は、言わば彼の縄張りだった。
そこへ足を踏み入れることを許されているということで、なまえは彼に受け入れられているのだなと安心出来た。

「私、このままじゃ縢くんじゃないとダメな身体になりそう」

「はぁ?」

フライパンを片手に縢がすっとんきょうな声を上げた。
だがすぐに悪戯っぽい顔つきになり、ニヤニヤとなまえの顔を覗き込んでくる。

「何なに?ようやく俺の魅力に気付いてメロメロになった?」

「だって、縢くんの料理美味しいんだもん」

「あ、そういうこと」

「もうオートサーバーの食事が味気なくて味気なくて…」

「ま、そりゃそうだろうね」

縢は手首を使ってフライパンの中身を器用にひっくり返した。

「いきなりヤラシイ言い方するから何かと思ったよ」

「縢くんがヤラシイからそう聞こえるんだよ」

「いーや、なまえちゃんがヤラシイせいだね」

こんな軽口の応酬も楽しい。
なまえにとって縢の部屋で彼と過ごすひとときは一服の清涼剤のようなものだった。

なまえは元々メンタルには自身があるほうだ。
その証拠に、ストレスへの耐性の強さが、監視官への適正にA判定を下したのである。
それでも、やはり、実際になってみると大変な事も多く、慣れない仕事の疲れも出てくる。

「でも、本当に、縢くんの料理大好き。私の貴重な癒しだよ」

「料理だけ?」

「もちろん縢くんも大好きだよ」

縢は笑ってフライパンの中身を皿に移した。
今夜はどうやらパスタのようだ。

「はい、お待ちどおさま」

「これなあに?」

「カルボナーラだよ。見たことない?」

「本物は初めて」

「本物も本物。正真正銘、鶏の卵を使ってる本物のカルボナーラだよ」

「凄い!食べていい?」

「もちろん」

なまえはフォークを手にパスタを食べ始めた。

「美味しい!」

縢はカウンターに頬杖をついてそんななまえを眺めている。
その口元には苦笑めいた笑みが広がっていた。
幸せそうにぱくぱくパスタを頬張るなまえを見つめながら、参ったな、と呟く。

「俺も、なまえちゃんじゃないとダメな身体になりそうだ」


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