オートサーバーが当たり前のこの時代では原始的なやり方だと思われるだろうが、なまえは自分の手で料理をするのが好きだった。 槙島は、まるで魔法のように様々な新鮮な食材を調達してきてくれる。 その彼は今、三方の壁を巨大な本棚に囲まれた書斎で読書にいそしんでいた。 もしかすると、何か考え事をしているのかもしれない。 いずれにしてもなまえには計り知れないことだ。 彼が何を思って何をやろうとしているのかなんて。 自分を拉致監禁しているこの槙島聖護という男を、なまえは理解しきれずにいた。 いけない、と軽く頭を振って料理に集中する。 フライパンの中の鯛はいい感じに焼き色がついてきたところだった。 こんがり焼き色がついたら裏返し、薄切りにしたレモンとバターを乗せて蓋をしめる。 そうして蒸し焼きにする間にソースを作った。 こんなメインがあるコース料理が出来るのも槙島のお陰だ。 付け合わせに使うミニトマトを洗っていると、ふわりと空気が動いて、後ろから回された腕が下腹部の上で組み合わされた。 「いい匂いだ」 心臓がどくんと跳ねたのが自分でもわかる。 槙島にもそれは伝わっただろう。 「今日のメインは白身魚?これは鯛かな。じゃあ、シャルドネかロゼ・ワインを用意しないといけないね」 言いながらも腕は離れない。 「…槙島さん」 「うん?」 「離れてくれないと料理が出来ません」 「何事も挑んでみなければ結果はわからないよ」 「もう、ご飯が遅くなっちゃいますよ!」 槙島はクスクス笑いながらなまえを解放した。 離れていく体温がほんの少し名残惜しく感じたことに、なまえはショックを受けた。 いつの間にかこんなにも侵蝕されている。 心までは奪われないようにと、ずっと気を張りつめていたはずなのに。 カチリと音がして我にかえると、槙島がコンロの火を消したところだった。 「丁度良い焼き加減だったよ」 夢から覚めたような思いで頷き、蓋を取って中身を皿に移す。 ソースをかける間もずっと槙島はその様子を眺めていた。 楽しそうに。 「君が僕のために料理を作ってくれているというのは、中々楽しい光景だと思ってね」 「今までそういう女の人はいなかったんですか」 「君が初めてだよ」 「そうなんですか?モテそうなのに」 「シビュラシステムの恩恵を受けた人々の生活に“料理”は一般的ではないからね」 なるほど、と思いながら付け合わせを皿に盛り付ける。 ならば、自分も“異端”なのだ。 「私はずっと自分はちょっと変わり者なんだと思っていました」 「ちょっと?」 槙島がクスクス笑う。 「でも、安心するといい。変わっているのは君ではなく、この世界のほうかもしれないのだから」 そんな風に考えたことはなかった。 発想の転換というやつだろうか。 目の醒める思いだった。 「やっと気付いたかい?僕達はお似合いだということに」 槙島の手がなまえの頬を包み、その指先が顔の輪郭をなぞるように動く。 彼の美しい唇が弧を描く。 「さあ、食事にしよう」 |