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世界は確実に滅びへの道を歩んでいる。

あるいは世界はあの日に滅んでいて、生き残った人間達はかつての文明の残骸にしがみついているだけなのかもしれない。

それでも、今感じているぬくもりを失いたくないと願うのは無駄なことなのだろうか。

「浮かない顔をしているね」

私の頬を撫でてカヲルくんが言った。
ピアノを弾く彼の手は繊細でしなやかだ。

「お腹がすいた?」

あまり心配をかけたくなくて頷く。
確かにそろそろ食事の時間だったから。
食事と言っても味気ないレーションだけなのだが、飢え死にするよりはましだ。

「私、とってくるね」

「僕も行くよ」

透明感のある美声が耳元で聞こえたかと思うと、手を取られてベッドから下ろされた。
居心地の良い巣のようなこの場所から離れるのは不安だったが、彼と一緒なら怖くはない。

「ここは寂しい場所だね」

涼やかな眼差しを周囲に注ぎながらカヲルくんが言った。
この月面基地には全くと言って良いほど人気がない。
私も動いている人間を見たのはもう大分前のことだ。
大半のことはオートメーションで事足りるし、もしかすると人材を配置する余裕がなくなってしまったのかもしれない。

無人のレストルームに着くと、カヲルくんはパネルのボタンを操作して二人分のレーションをトレイに取り出した。

「ここで食べるかい?」

私は首を振ってカヲルくんからトレイを受け取った。

「そうだね。僕達の部屋に戻ろう」

片手でトレイを持ち、もう片方の手を繋いで部屋への道を戻る。

相変わらず誰かに見られているような感覚は消えなかったが、誰とも出会わなかった。
部屋に入って、ほっと息をつく。
この月面基地でまともに呼吸が出来るのはこの部屋だけだ。

「なまえ。ほら、あーんして」

カヲルくんが差し出したスプーンを口に含むと、彼は満足そうな笑顔を見せた。

「君達リリンの恋人同士はこうするものなんだろう?」

私は頷いて、液状のレーションをスプーンで掬い上げ、カヲルくんに向かって差し出した。
素直にそれを食べてくれる彼を見て、私は自分が微笑んでいることに気付いた。

レーションを食べてしまうと、私達は再びベッドに寝転がった。
お互いの身体に腕を絡め、その存在とぬくもりを確かめ合う。

「早くシンジくんに会いたいな」

カヲルくんが囁いた。

「きっと君も気に入るよ」

彼は知らない。

彼が碇シンジと接触する時。
その時、その場に私はいないことを。

役目を果たした私は恐らく廃棄処分されるか、良くて研究材料として生かされるだろう。

私にとってはどちらも同じことだ。
二度と彼に逢えないのなら死んだも同然なのだから。

「シンジくんに会ったら紹介するよ。僕の恋人だってね」

カヲルくんの胸に顔を埋めながら、私はいずれ訪れる別れの時を思って静かに涙を零した。

私の頭を撫でる彼の手が、優しくて、悲しい。


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