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「こんなに遅くなってしまって申し訳ありません」

「いえ、送って下さってありがとうございました。今日はとても楽しかったです」

自宅であるマンションの前に停められた車の中。
夕食をご馳走になった明智さんにお礼を言って、私は車から降りた。
一瞬、明智さんが名残惜しそうな顔で何か言おうとしたのだが、もしかして、うちに寄ってお茶でもどうですかと誘ったほうが良かったのだろうか。
でも、ただでさえ多忙な明智さんの時間をこれ以上奪ってしまうわけにはいかないし。

「帰ったらちゃんと眠って下さいね。おやすみなさい」

「善処しますよ。おやすみなさい、良い夢を」

明智さんはちらりと笑みを覗かせて窓を閉めた。車がゆっくりと発進する。
明智さんの車が見えなくなるまで見送ってから私はマンションに入って行った。
以前は私が部屋に入るまで車を止めて待っていてくれたのだけど、それでは申し訳ないからと私がお願いしたのだ。

「ただいまー」

玄関のドアの鍵を開け、パンプスを脱いで室内に入る。
照明のスイッチに伸ばした手を掴まれ、暗闇の中に引き込まれた。

「もう……びっくりしたじゃないですか」

「驚かせようとしたのですから当たり前ですよ」

カチ、と小さく音がして電気がつく。
眩しさに細めた目に映ったのは、やはりというか当然というか、高遠さんだった。
闇に紛れる黒いハイネックを着て、静かに微笑んでいる。

「それとも、灯りをつけたまま貴女の帰りを待っていたほうが良かったですか?そうすれば、彼も貴女には自宅で帰りを待つような相手がいるのだと悟って自ら身を退いてくれたかもしれませんね」

「また、そんな意地悪なことを」

「妬いているのですよ。これでも」

あの冷酷な地獄の傀儡師が?とは言えなかった。高遠さんの双眸に本当に嫉妬の炎が揺らめいているのが見えたから。
どんな時でも余裕な態度を崩さないこの人の「本気」が垣間見えた気がして息を呑む。

「わかって頂けたのなら結構。何も貴女を縛りつけようなどとは思っていませんから」

高遠さんに上着を脱がされ、バッグを取り上げられて、抱き上げられる。

「ただ、貴女との限られた逢瀬の時間を楽しみたい……私が望むのはそれだけです」

大股に浴室へ向かう高遠さんに身を預けながら、これから始まるショーで、天才的なマジシャンでもある彼の手練手管に翻弄される予感に身体が震えた。


誰もいなくなった部屋に残されたバッグの中、スマホのLINEにメッセージが届いたことを知らせる小さな音だけがむなしく響いていた。


『明智です。今日はありがとうございました。貴女のお陰で良く眠れそうです。また今度の休みにでもお付き合い頂ければ嬉しいのですが』


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