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ホームルームの時から怪しい空模様だと思っていたら、案の定雨が降りだした。
小雨だし、まあ大丈夫だろうと昇降口を出たは良いものの、次第に雨足が強くなってきている。
この分では家に帰り着く頃にはびしょ濡れになってしまうかもしれない。

外れた天気予報を恨みながら歩いていると、大通りに出たところで見覚えのある黒塗りの高級車がなまえの隣りにすうっと横づけされた。
ウィンドウが音もなく開き、中から端正な顔が現れる。

海馬瀬人だ。

彼はなまえのクラスメイトだが、海馬コーポレイションの社長を務めていた。
今日は登校して来なかったから、きっと仕事をしていたのだろう。
車と同じく高級そうなスーツを着こなした様子は、とても同級生とは思えない貫禄があった。

「傘はどうした」
聞く者によっては怜悧な印象を受ける低い声が問いかける。
なまえが首を横に振ると、目の前のドアが開いた。
座り心地のよさそうな後部座席に悠々と腰掛けた海馬の姿が露になる。
驚くなまえに、海馬は言葉少なに命じた。

「乗れ」

「えっ…でも…」

「早くしろ。雨が入る」

僅かに苛立ちが含まれた声に促され、戸惑いながらもなまえは車に乗り込んだ。
雨が吹き込まないよう急いでドアを閉めると、開いた時と同じように滑らかな動きで窓が閉まった。
運転手が操作したのだろうと前を見るが、防犯の為なのか、運転席との間はガラスで遮られていて良く見えない。
そうする内に、車は静かに走り出した。

雨粒を払うワイパーの音に紛れて、紙が擦れるような微かな音が耳に届く。
そっと横を見ると、海馬が何かの書類らしき物に目を通していた。
薄い色をした瞳が書類に書かれた文字を追うのを見て、ああ、やっぱり社長なんだなあとなまえは不思議な感慨を覚えた。

雨に閉ざされた車内に静かな沈黙が流れる。
だが、それは少しも不快なものではなかった。
むしろ、隣りにいる男が発する存在感をまざまざと感じて安堵すら感じるほど。
長いような短いような穏やかな時間が過ぎていく。

やがて車は走り出した時と同じく静かに停止した。
窓を見ると、そこはなまえの家の直ぐ前だった。

「有難う。送ってくれて」

なまえは隣りに座る男に笑顔で感謝の言葉を告げた。
氷の青が尊大な色を浮かべてなまえを見返す。

「傘ぐらい用意しておけ。いつも都合良く俺が通りがかると思うなよ」

「うん…ごめんなさい」

海馬に促されて振り返ると、開かれたドアの外で運転手が傘を差し掛けて待っていた。
座ったままの海馬と運転手に交互に頭を下げて、外に降り立つ。
なまえが軒下に入ると、運転手は素早く車へ戻った。

興味を無くしたように再び手元の書類に目を落としている海馬を乗せて車はそのまま走り出す。
去って行く車を見送ったなまえが、鍵を取りだそうとポケットに手を入れると、カサリと音を立てて何かが指に触れた。

「え?」

不思議に思いながら取り出したそれは、小さなカード。
デュエルモンスターズのカードに似ているが、表側には図柄の代わりに流麗な筆跡で何かの番号が描かれていた。
電話番号らしき数字の下に、

『次からは、濡れる前にここに連絡しろ』

と、メッセージが書かれているのを見て、なまえは思わず顔を綻ばせたのだった。



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