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私には幼馴染みの彼氏がいた。
都内でも有数の進学校である盟王学園高校でトップの成績を誇っていた彼は、しかし大学へは進学しなかった。彼が進学はせず義父が経営する会社を手伝うと言い出した時は教師達が揃って発狂した。それだけの頭脳を持ちながら進学しないのは勿体ないと、連日のように説得されていたようだが彼の決意は堅かった。
私はというと、普通に推薦入学が決まっていたので、そう話すと、

「そうか。お互い頑張ろう。元気で」

などと言われてしまった。実にあっさりとしたものである。
ああ、これでお別れなんだなと悟った私は携帯電話から彼の連絡先を消し、そのまま二人は自然消滅のような形となったのだった。
そのはずだったし、そう思っていた。

「君の彼氏?」

「元彼です」

大学二年の春、先輩に誘われたコンパが終わり、お酒の席で気が合った男の先輩と一緒に帰ろうとお店を出たところで待ち構えていた彼と出くわすまでは。

「ひどいな。オレは別れたつもりはないよ」

秀一くんが綺麗な眉を下げて笑う。途端に店内から様子を伺っていた女性陣が色めき立った。昔からモテる子だったけど、いまはその事実が重くのしかかってくる。

「話をしよう。少し時間をくれないか」

彼がこういう話し方をする時は一歩も退かないとわかっていたので、私は送ってくれるはずだった先輩を何とか言いくるめて先に帰って貰った。

「どこで?」

「もう遅いから送って行くよ」

つまり、私の部屋で話そうということだ。
確かに時計は既に真夜中過ぎを指していた。帰りを考えると、今からどこかお店に入ってというのはキツい。彼もそれをわかって言っているのだ。頭のいい男こわい。

「わかった」

秀一くんがタクシーを捕まえてくれたので自宅まではスムーズに帰ることが出来た。

「お邪魔します」

ご丁寧にそう挨拶をしてから靴を脱ぎ、脱いだそれをさりげなく揃えてから部屋に入ってきた秀一くんに、相変わらず育ちが良いなと感心する。お母さんの躾がいいのと本人の性格によるものだろう。

「コートはこのハンガーに掛けて」

「ああ、ありがとう」

彼が着ていた春物の薄いロングコートをハンガーに掛けている間にお茶を淹れる。

「梅昆布茶?」

「寝る前はこれがいいって聞いたから」

「なるほど。大丈夫、オレも嫌いじゃないよ」

そんな風に笑いかけるのはやめて欲しい。
私達はもう終わった関係なのだ。まるでまだ私のことが好きだとでも言うみたいに優しい顔をしないで欲しい。

「まずは謝るべきかな。今まで放っておいてごめん。中途半端なのは良くないと思って連絡は控えていたんだ」

秀一くんが言った。

「ようやく仕事が軌道に乗ってきて、これなら君を迎えに行けると確信が持てたから迎えに来た」

「そんな……そんなの、勝手だよ」

「そうだね。すまない」

距離をとっていたのはそちらなのに、今更昔のように接して来られても困る。
迎えに来ただなんて言われても困惑するだけだ。

「今でも君のことが好きだ。昔からずっとオレの気持ちは変わらない」

「今更そんなこと言われても困るよ……」

「本当に?」

秀一くんがうつむいた私の顔を覗き込んでくる。ああ、だから嫌だったんだ。彼の前では私の心は丸裸にされてしまうから。

「君のことは良く知っている。その気もないのに昔の男を部屋に上げたりはしないだろう?」

「そ、それは……」

もっと強気ではね除けなければいけないのにそれが出来ない。
秀一くんが私の手をやんわりと包み込む。

「まだオレに気持ちが残っていると自惚れてもいいのかな」

「し……知らない知らないっ!秀一くんのバカ!」

「本当にごめん。もう二度と離さないから許してくれないか」

ぼろぼろ泣きはじめた私を秀一くんが自分の胸に抱き寄せる。
意外なほど硬い男らしい身体に抱き締められて、私はしくしく泣き続けた。そんな私を宥めるように秀一くんが優しく背中を撫でてくれる。

「待たせてすまない。結婚しよう」

うーうー唸ることしか出来ない私に、秀一くんは小さく笑って抱き締め続けてくれた。

「やはり、オレは盗賊のままらしい。君の心という名の宝を盗んでしまったみたいだから」


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