「申し訳ありません、上級大尉殿。実は少し体調が悪くて…」 嘘ではない。 事実、胃袋は痛いし、顔色もきっと悪いはずだ。 「それはいけないな。さあ、中へ」 「え?え?」 ギリシア彫像のような美貌がズイッと迫ったかと思うと、なまえは室内へ押し戻されていた。 あ、とバランスを崩しかけた身体を二本の腕に掬い上げられる。 見た目は細身でもさすがは軍人。 力強さを感じる腕は、なまえを抱えてもびくとも揺るがなかった。 「寝室は──ああ、向こうか」 唐突な事態に驚いて固まってしまっているなまえをよそに、グラハムは颯爽とした足取りで寝室に入っていく。 そうして辿り着いたベッドの上に彼はなまえを優しく降ろした。 「あ、あの…上、」 「いいから休んでいたまえ。今日は私が側にいるから、何も心配はいらない」 「い、いえ、そうじゃなく──」 「ん? ああ、食事がまだだったのかな? 任せてくれ、簡単なものならば私にも作れる。今用意しよう。キッチンを借りるよ」 優しく優しく髪を撫でて微笑むと、グラハムはさっと踵を返して寝室を出ていく。 しばし呆然としていたなまえだったが、ハッと我に返ると同時に、ベッドスタンドの横の電話に飛び付いた。 震える指で短縮ダイヤルを押す。 タイミングが良かったのか、さほど時間をおかずに相手に繋がった。 『はい。こちら、ビリー・カタギリ』 「ミスター・カタギリっ!」 『ああ、なまえじゃないか。どうしたんだい? グラハムと一緒にいるのだと思っていたけど』 「います!います!今キッチンでご飯の支度してます!」 『ハハッ、それは凄いねえ』 「笑いごとじゃあありませんっ!助けて下さいーー!」 『大丈夫だよ、グラハムはああ見えて一途な男だからね。彼とガンダムの事は知っているだろう? 想い込んだら真っ直ぐに執念を燃やす男、それがグラハムだよ』 「だ か ら ! 困ってるんですッッ!!」 「なまえ? どうかしたのか?」 寝室の入口から、ひょいとグラハムの頭が覗いた。 電話に縋りつくようにして硬直したなまえを見るなり、彼はツカツカと近づいてきた。 心なしか不機嫌そうにも見える。 「誰と電話をしている」 「あ、あの、技術顧問と……」 「カタギリだと?」 眉を跳ね上げたグラハムは、なまえの手から電話を奪った。 「カタギリ、私だ」 『やあ、グラハム』 「いくら友人の君でも、私となまえの邪魔をして欲しくはないな」 『分かっているよ。馬に蹴られたくはないからね』 「それならいい。では失礼する」 電話を切ったグラハムは、ついでに回線も引っこ抜いた。 くるりと振り向いた美貌に、なまえはビクッと身体を震わせた。 「なまえ」 「は、はいっ」 「私は我慢弱い。あまり理性を試すような真似はしないで貰いたいのだが」 蒼白な顔でこくこくと必死に頷くなまえを見て、グラハムはふっと微笑んだ。 長い指で襟元を寛げながら、なまえの座るベッドに膝をつく。 「やはり食事は後にしよう」 締め切られた寝室のカーテンの外側、白い筋を描いて飛行機が飛んでいく。 ユニオンの空は、今日も抜けるように青く澄み渡っていた。 |