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「翡翠、もしかして紅葉が来てるの?」

そうこうしている内に、話し声を聞きつけたのか、店の奥にある住居部分との仕切りから若い女がひょいと顔を出した。

「なまえ」

現れた女性へと柔らかな笑顔を向けた壬生を、如月は苦々しい面持ちで見遣る。
壬生紅葉は決して愛想の良い社交的な人間ではない。
こんな風に人間らしい感情のこもった優しい表情を見せるのは、相手がなまえだからだ。

「ああやっぱり!今日もお買い物?」

「まあね」

表裏の龍──それが、黄龍の宿星を持つ緋勇兄妹と壬生の関係だった。
なまえは自分は龍麻のスペアにすぎない存在なのだと言っていたが、それは違う。
ただの"スペア"に、玄武である自分や壬生が惹かれるはずがない。
なまえがなまえだからなのだ。
とはいえ、黄龍の影を自認して、文字通りなまえの側に影の如く寄り添う壬生の存在は如月にとって嫉妬の対象となっていた。
今も学生の頃と変わらず深い情愛を惜しみなくなまえに捧げる壬生と、まるで母か姉のように優しく彼を受け入れるなまえを見ていると、胸の奥がズキズキと疼く。
なまえと知り合って以来、彼は自分が存外嫉妬深い人間であることを知った。
あまり嬉しくない発見である。

「あ、待ってて。今お茶を淹れてくるから」

「お構いなく。今日はこれから仕事で他県に行くから、あまりゆっくりしていけないんだ」

「そうなの…残念だけどお仕事なら仕方ないね…」

「すまないね、なまえ。この埋め合わせはまたいずれ改めてするよ」

如月さん、と振り返った壬生に、如月は袂に入れて組んでいた腕を解いた。
ひとつ頷いて、あらかじめ用意してあった注文の品を差し出す。

「すっかり忘れていると思っていたよ」

薄く笑んで軽い厭味をぶつけてやれば、壬生もまた微笑を返してきた。
苦笑を。

「まさか。この為にわざわざ来たんですから」

よくもぬけぬけと言うものだと呆れる如月に支払いを済ませて、壬生は「これを」と言って、片手に提げていた紙袋を手渡した。

「お二人で使って下さい。夫婦茶碗とまではいきませんが、僕なりの気持ちです」

手を振るなまえに笑顔を向けると、壬生は黒いコートの裾を翻して店を出て行った。
今宵の獲物を狩るために。

「何かな?」

早速紙袋の中身を取り出したなまえが、わあと歓声を上げる。
入っていたのは手編みのマフラーだった。
一つはなまえの、もう一つは如月のものだろう。
きちんとイニシャルまで入っている。

「見て、翡翠。お揃いだよ!」

「……そうだね」

学生時代は手芸部だったという男が、退魔師の仕事の合間にせっせと編んでいたのかと思うと、何とも微妙な心境だった。
複雑な思いでいると、可愛い新妻が何やら物言いたげな顔でじっとこちらを見つめていることに気付いて、如月は唇を綻ばせる。

「なんだい?なまえ」

「うん……紅葉は本当に翡翠の事が好きなんだなあと思って」

「…冗談でもやめてくれ」

如月骨董品店は今日もそれなりに平和だった。



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