その日、私は朝から浮かれていた。
密かに恋心を抱いていた五条先生にチョコを受け取って貰えたのだ。
先生は私の頬にキスをして「ホワイトデーは期待してて」と言ってくれた。これが浮かれずにいられるだろうか。

「なまえさん」

天にものぼる心地で足取りも軽く歩いていた私を呼び止めたのは伏黒くんだった。

「ちょっといいですか」

「うん、どうしたの?」

伏黒くんは一瞬地面に視線を落とし、それから顔を上げて私を見た。相変わらず美人顔だなあ、などと感心している私に伏黒くんは言った。

「五条先生にチョコ渡したんですね」

「あ、うん、まあ」

これは言っても良いことだろうか。でも、五条先生のことだから今頃は伊地知さんあたりにチョコを貰ったことを自慢していそうだ。私も言っても構わないだろう。伏黒くんだし。

「本当は渡す前に逢いたかったんですが、仕方ないか」

伏黒くんが呟く。

「俺、わかったんです。大切なものは誰かに奪われる前にしまっておかないといけないって」

「伏黒くん?」

そこで私はようやく伏黒くんの様子がおかしいことに気が付いた。五条先生にチョコを渡せたことに浮かれ過ぎていて、気付くのに遅れてしまった。

「いったい何の──」

言いかけてぎょっとする。
足が、地面に沈み始めていたからだ。
いや、地面じゃない。正解には、地面に広がる影の中に、だ。

「安心して下さい。全部片付いたら出してあげますんで。それまで大人しくしてて下さい」

「え、なっ!?」

「大事なものはしまっておかないとダメなんです。しまっておかないと」

身体がずぶずぶと沈んでいく。

「伏黒く、」

完全に影の沼の中に沈む前に思い浮かべたのは、五条先生の顔だった。
五条先生、たすけ

────とぷん。




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