夏油先生と任務で訪れた、米花町。
この町の異常に高い犯罪発生率には呪いが関係していた。
人々の負の感情から生まれ、ちょっとした心の隙間に入り込んではその人に犯罪を犯させるタイプの呪霊があちこちに蔓延っていたのだ。
一人一人祓除していくのはさすがに時間がかかりすぎるということで、まずは被害が深刻そうな大物からあたっていくことになったのだが、これが予想外に大変だった。
そういう呪いは憑いている人間の内側深くまで侵食して同化が進んでいるため、被害も大きい。
しかも、人間が起こしている犯罪なので、残穢も残り難く、事前に探知しづらい。
なるべく人目につかないように祓いたいこちらとは相性が最悪なのだった。

それでなくても、長身で体格も容姿もいい夏油先生は目立つのだ。

ついさっきも殺人事件を未然に防いだばかりなのだが、帳を下ろしていなければ間違いなく一般人に目撃されていた。

「歩き疲れただろう。少し休憩しようか」

「はい、ありがとうございます」

近くの公園で、とも考えたが、黒尽くめの夏油先生と高専の制服姿の私が並んでいる絵面はちょっと、ということで、一番近いビルにあった喫茶店に入ることになった。

「いらっしゃいませ」

明るい色のドアを開けると、心地よいトーンの男性の声に迎えられた。

「二名様ですね。こちらの席へどうぞ」

金髪碧眼、褐色の肌に、整った容姿。
眉目秀麗とはこういう人のことを言うのだろうなと思われる美青年がにこやかに案内してくれる。五条先生とはまた違ったタイプの美形だ。
窓際なので外の様子を観察出来てちょうどいい。夏油先生も同じことを考えていたようだ。ちらりと窓の外へ目を向けてから腰を降ろした。

「ご注文がお決まりになったらお呼び下さい」

メニューとお水の入ったグラスをテーブルに置いて、その人はカウンターのほうへ戻って行った。

「ああいうタイプが好みなのかい?」

店員さんが立ち去ると夏油先生が言った。
笑みを含んだ声に、からかわれているのだとすぐに気付く。

「すまない。少し意地悪だったね」

夏油先生は笑って組んだ手の上に顎を乗せた。切れ長の瞳には深い情が滲んでいる。思わずドキッとしてしまった。二人きりの時の夏油先生はいつもこんな感じなので心臓に悪い。

「君があまりに熱心に見つめているから、妬けてしまったんだ。許してくれ」

「もう、夏油先生!」

「ふふ、怒った顔も可愛いよ」

私はこれ以上からかわれてなるものかとメニューを開いた。さっさと注文してしまおう。
えーと、どれにしようかな。

「迷っていらっしゃるのなら、ハムサンドがお勧めですよ」

「!」

びっくりして顔を上げると、さっきの店員さんがにこにこしながらすぐ傍らに立っていた。
メニューを選ぶのに夢中で近くまで来たのに気付かなかった?いや、そんなはずはない。私だって呪術師の端くれだ。非術師に近付かれてその気配がわからないはずがない。
夏油先生を見ると、涼しい顔で水を飲んでいた。

「えっと、じゃあ、ハムサンドと紅茶をお願いします」

「私は珈琲で」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

今度こそ店員さんがカウンターの中に入ったのを確認してから夏油先生を見る。
夏油先生は値踏みするようにあの店員さんを見ていた。

「どうやら彼はただの店員ではなさそうだね」

あ、やっぱり。良かった、勘違いじゃなくて。

「身のこなしもだが、まず身体の鍛え方が違う。あれは毎日継続して相当なトレーニングを積んでいる身体だ。恐らくは警察関係者……潜入捜査中の公安と言ったところかな」

「お巡りさんなんですか?」

「たぶんね。そして、向こうも私達がただ者ではないと気が付いて様子を伺っている。目の配り方でわかったよ」

「夏油先生、すごい!」

「このくらいは出来て当然。でも、褒められて悪い気はしないね」

そこへタイミングを見計らったように例の店員さんがトレイを携えてやって来た。

「お待たせしました。こちらがハムサンドです」

夏油先生の前に珈琲を、私の前にハムサンドのお皿と紅茶を置いてくれる。

「ごゆっくりどうぞ」

その言葉は、果たして本心からのものなのかどうか。端正な顔立ちに浮かぶ完璧な営業スマイルからはうかがい知れない。

とりあえず、ハムサンドはめちゃくちゃ美味しかった。


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