近付く前からお互いに相手の存在に気がついていた。

殺気というよりは“匂い”で。
夜の闇に潜む者が纏う独特の匂い。
洗っても洗っても、こびりついて取れない血の匂い。

暗い路地裏の奥、微かな光の尾を引いて刃から返り血を振り落としたスクアーロはゆっくりと振り返って口を開いた。

「殺し屋か?」

「いえ、ただの通りすがりの運び屋ですよ」

ただの、ね。

闇から滲み出るようにして姿を現した黒衣の男は、そう言って唇だけで微笑んでみせた。
顔の上半分は黒い帽子が落とす影に隠れてよく見えない。

「血臭を漂わせた運び屋かぁ? 随分物騒な運び屋もいたもんだぜぇ」

「よく言われます」

くすりと笑った男の視線を左手に感じる。
義手と一体になった剣を見ているのだとすぐに分かった。

「面白い左腕をお持ちですね。それに、相当な腕前のようだ」

「う"お"ぉい、やる気かぁ?」

「いいえ。楽しそうですが、今日はやめておきましょう。これから人と会う約束がありましてね。返り血など浴びていっては怒られてしまいます」

運び屋は、“楽しそう”という言葉を使ったが、それはスクアーロも同感だった。
こうして気楽な口調で会話していてもわかる。この男はとんでもなく強い化け物だと。
剣士としての血がうずくのを感じた。

「出来れば貴方とは今度は仕事でお会いしたい」

男が踵を返す。
遠ざかっていく革靴の足音を聞きながら暗闇を見つめていたスクアーロは、やがて完全な静寂が戻ってくると、自分もその場を立ち去った。



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