バレンタイン前の三連休の初日は予報通りの悪天候となった。

子供の頃は雪が積もると嬉しくてはしゃいだものだが、通勤通学の大変さを考えると、さすがにもう手放しでは喜べない。
それ以上に困るのがシャーベット状になった道の歩き難さだ。
月曜日の朝のことを思うと今から憂鬱だった。

(月曜日は…そっか、バレンタインだ…)

帰宅したなまえは部屋着に着替えながら頭の中でスケジュール帳を確認した。

恋人同士になってからは、バレンタインにはなまえから赤屍にチョコを渡すのではなく、お互いに贈り物を交換し合っている。

(今年は月曜日だから外でディナーよりもおうちでまったりがいいなぁ)

そんな事を考えてニヤけそうになりながら、なまえは自室を出てダイニングに向かった。
もうお腹がぺこぺこだ。


「着替えてきたのですね」

ダイニングには既に赤屍がいて、夕食の準備をしていた。

「はい、お手伝いしようと思って」

「大丈夫ですよ。後は煮るだけですから」

帰宅する前に赤屍からのメールで今夜は鍋だと聞いていたのだが、スタイリッシュなデザインの黒いダイニングテーブルの上にはやはり土鍋が乗っていた。

土鍋の中には、ミルフィーユ状に交互に重ねられた白菜と肉がみっしり詰まっている。
そこに出汁を入れて煮ていくようだ。

「あっ、これ知ってます! 今流行ってますよね、豚肉と白菜のミルフィーユ鍋!」

「豚肉、ですか…。ええ、まあ、そうかもしれませんね」

「ちょ、不安になるような言い方しないで下さいよ!豚肉ですよね!?」

「貴女がそう仰るなら」

「豚肉ですよね!?」

「ええ。豚肉ですよ」

優しい笑顔で肯定されたものの、一度芽生えた疑念は完全には拭い去れない。
グツグツと湯気をたちのぼらせて美味しそうに煮えていく鍋の中身を見つめている間も、それは変わらなかった。


「さあどうぞ召し上がれ」

「…いただきます…」

なまえは恐る恐る箸を片手に、鍋の中身を取り分けた小皿を手にした。

美味しい。
この豚肉(仮)、お出汁と白菜とイイ具合にマッチしていて、すごく美味しい。
でも素直に「美味しい」と口にするのは躊躇われた。

「月曜日はどうしましょうか」

赤屍が箸を休めて尋ねてくる。

「月曜日…あっ、バレンタイン!」

「レストランでのバレンタインディナーも考えたのですが、月曜日なら家でのんびりするほうが良いかと思いまして」

「私もそう思ってました!」

「そうですか」

赤屍が微笑む。

なまえは感動した。
ちょっと猟奇的な趣味のある恋人ではあるが、彼はとてもよく気遣ってくれるし、こんなときは本当に自分の事を考えてくれているんだなと凄く嬉しくなってしまう。

「バレンタインはおうちで赤屍さんとまったりイチャイチャしながらプレゼント交換がしたいです!」

「私も同じ気持ちですよ。たっぷり甘えて下さいね」

「はい!」

赤屍さん、愛してる。

なまえは鍋を食べながら幸せに浸った。

豚肉(仮)はやはりとても美味しかった。



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