玄関のドアを開けて中に入り、電灯のスイッチを押す。

長時間無人だった室内を支配していた闇が追い払われると、自然とため息が漏れた。

今日はいつもよりも遅い帰宅だったから、その分疲労感も倍増しに感じる。
目も疲れているが、特に肩こりが酷い。
デスクワークは楽でいいわね、と嫌味を言って来た営業部のお局に軽く殺意を覚えるぐらいにはストレスも溜まっていた。

「……はぁ」

もう一度深くため息をつきながら、今度は部屋の電灯も点ける。
バッグを置き、とりあえず冷蔵庫から何か飲み物を取りだそうとして、途中で脚が止まった。

緊張で強張った顔でベッドまで歩いていき、その下を確認する。

何もいなかった。

もちろんそんな所に誰かがいるはずがない。
でも、居ないと解っていても確かめずにはいられ無かった。
もしも、覗き込んだ先のベッドの下の暗がりに、薄ら笑いを浮かべたあの運び屋の人形めいた白い顔があったら──こちらを見つめ返してくる切れ長の瞳と目が合ったら──きっとその瞬間ショック死するだろう。

今度は疲労からくるものではなく安堵のため息をつき、改めて冷蔵庫を開けた。
就寝までの短い時間、これでようやくリラックスして過ごせる。




疲れていたし寒いので、シャワーではなく今夜はちゃんと湯船に浸かった。
少しは身体がましになった気がする。
次の休みまであと何日か考えなければまだ十分頑張れそうだ。
寝る前にアロマを焚いてみるのもいいかもしれない。

「…あれ?」

思わず疑問の声が出た。
ベッドの上に何か紙のようなものがある。

なんだろう、とそれを手に取った途端、温まったばかりの身体に寒気が走った。



さすがにベッドの下には隠れませんよ
今日もお仕事お疲れ様でした

おやすみなさい、なまえさん



白い紙には流麗な筆跡でそう書かれていた。

再度ベッドの下を覗いてみたけれど、もちろん誰もいない。いるはずがない。
念のため戸締まりも確認したが、窓もドアもちゃんと鍵がかかっていた。

今夜は中々眠れそうにない。



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