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その日、カルデアの施設内は一日中チョコレートの香りが充満していた。
キッチンルームも例外ではない。

「エミヤさん、どうでしょう?」

「もう少しだな」

エミヤさんに指示を仰ぎながらオーブンとにらめっこをすること十分。
大体十二分くらいだという説明だったので、取り出すタイミングを間違えないためにも目が離せない。

「もうそろそろいいだろう」

エミヤさんのお許しが出たので、オーブンからハート型のフォンダンショコラを二つ取り出す。
二つとも外側は良い感じに焼き上がっているように見える。
問題は中身だ。
とろっと蕩けてこそフォンダンショコラなので。

「よし、これなら大丈夫だ」

ショコラの焼き加減を確かめたエミヤさんから太鼓判を押され、私はほっと息をついた。

エミヤさんには何度お礼を言っても言い足りないくらいだ。
私の個人的なこだわりに付き合ってもらったことに心から感謝している。

「エミヤさん、味見してみて下さい」

「いいのか?」

「一つは最初からエミヤさんのお礼用のつもりで作りましたから」

「そうか。なら、頂こう」

フォンダンショコラを一つお皿に乗せて渡すと、エミヤさんはフォークで食べやすいサイズに切り取って口に運んだ。
さくりとフォークが入った瞬間、中身のチョコレートがとろりと出て来たのを見て内心安心する。
ちゃんと成功して良かった。

「美味い」

「本当ですか?」

「ああ、初めてにしては上手く出来たんじゃないか。形も崩れていないし、味も上出来だ」

「ありがとうございます!」

「後は渡すだけだな」

「そう、ですね」

私が口ごもったのを見て、エミヤさんが眉を寄せる。

「やはり、気になるか?」

「それはもちろん…」

シロウさんがセミラミスからチョコを貰ったと聞いた時は、正直ショックだった。
けれど、彼女は、シロウさんの最期を看取ってくれたあのセミラミスではない。
嫉妬するなんてお門違いだとわかっている。
わかってはいるのだ、一応。

だけど、今はシロウさんと向き合う勇気がない。
どんな顔をして話せばいいのかわからない。

「まあ、気にするなというほうが無理な話か」

「こんなに心が狭かった自分に対して一番ショックを受けています」

「それは…そういうものじゃないか?」

「私はシロウさんの一番の理解者でいたいのに、こんなことでくよくよ悩んでいるなんて、恋人としても失格ですよね」

「それはどうかな」

エミヤさんが笑う。

「本人に直接聞いてみるといい」

シュッと音がして、キッチンルームのドアが開いた。
入って来たのは。

「なまえさんが呼んでいると聞いて来たのですが」

シロウさん!

誰の仕業かすぐにわかってエミヤさんのほうを向くと、笑って背中を押された。
手にフォンダンショコラの皿を持たされて。

「あ、あの、」

「もしかして、バレンタインのチョコレートですか?」

「は、はい」

「ありがとうございます。喜んで頂きます」

シロウさんは嬉しそうに笑って私からショコラの皿を受け取った。
そして、あろうことか、皿に添えてあったフォークでショコラを切り取って食べてしまった。

「とても美味しいです。ありがとうございます、なまえさん」

「シロウさん…」

「やっと私を見てくれましたね。ずっと避けられていたので寂しかったですよ」

「ごめんなさい。大好きです、シロウさん」

「私もです。心からあなたを愛しています」

シロウさんに抱き締められる。

シロウさんの肩越しにエミヤさんを見ると、やれやれと言いたげな苦笑を浮かべていた。
本当にありがとうございます、エミヤさん。


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