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シロウ・コトミネ神父は忙しい。
今回の聖杯戦争のために聖堂教会から監督役として派遣された彼の仕事は多岐にわたる。

まず彼は、敵地視察の名目で、ユグドミレニアの一族が支配するルーマニアのある地方へと入り込み、そこの教会を根城にして準備を整えた。
そうして、各地に飛ばした“鳩”を使い、情報を得ている。

「じゃあ、獅子劫さんもこちらの陣営のマスターに選ばれたんですね」

「ええ、時計塔で話し合いが持たれたようです」

「獅子劫さんが味方になるなら心強いです」

「なまえさんは彼と面識が?」

「はい、魔術師に成り立ての頃に一度。まだご一緒したことはないんですけど、噂は色々と聞いています」

「なるほど」

シロウは両手で湯飲みを包み込むようにして持ちながら微笑んだ。
あどけなさすら感じられる容貌なのに、その微笑みはどこか達観した隠者のもののように思えて、初めは混乱したものだ。
この男の本当の年齢が幾つであるのか、なまえは知らない。
ただ、見かけ通りの若者ではないだろうことは何となくわかる。
年齢不詳の魔術師など山ほどいるので、あえて実年齢を追求しようとは思わなかった。

それよりも、自分が淹れるお茶を気に入ってもらえたことのほうが嬉しい。

どうやら西洋の紅茶は口に合わないらしく、普段は白湯か水しか飲んでいないと聞いて、日本から持参した抹茶をご馳走したところ、いたくお気に召したようで、こうしてお茶をご馳走する仲になったのだった。

「相変わらず、なまえさんの淹れて下さるお茶は美味しいですね」

「ありがとうございます。お気に召したようで何よりです」

「こちらに来てからずっと普段は白湯か水ばかりなのでありがたいです」

シロウは湯飲みを傾け、味わうようにお茶を口にしている。
その姿を見て、なまえは自分が必要とされていると思えて嬉しかった。

何しろ、今回の聖杯戦争に選ばれたマスターの中では一番の下っ端なので、ちゃんと役に立てるか不安だったのだ。

「なまえさんは充分役に立っていますよ」

まるでこちらの心を読んだようにシロウが言った。

「あなたが召喚したランサーは申し分のない戦力です。もっと自信を持って下さい」

「はい、ありがとうございます、神父様」

「その神父様というのは、ちょっと…」

シロウが困ったように微笑む。
そうすると、まるで十代のいたいけな少年のようにも見えて、なまえは不思議な気分になった。

「出来れば名前で呼んで頂きたいのですが」

「えっ、でも」

「お願いします」

「じゃあ……シロウさん…?」

「はい」

途端に嬉しそうな顔になったシロウを見て、なまえは何だか気恥ずかしくなった。

いつ血塗れの戦いとなるかもしれない、この状況の中、こうして穏やかなひとときを共に過ごす内に、どうも自分は彼に対して特別な感情が芽生えてしまったようだ。
だが、それは、心の奥深くにしまっておかなければならない想いだった。
命をかけた戦いの只中に抱いて良い想いではない。

「お茶のお代わりはいかがですか?」

「ありがとう。頂きます」

シロウが笑顔で湯飲みを差し出してくる。

「あなたと過ごすこの時間だけが、私の唯一の癒しですよ」

「シロウさん…」

ドキドキとうるさい心臓の音をあえて無視して、なまえはお茶を淹れる作業に集中した。

この穏やかな関係を崩したくない一心で。


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