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「マスター」

ノックの音と同時に聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
全く警戒する必要のない、心から頼りにしているサーヴァントの声。

「カルナ?どうしたの?」

すぐにドアを開けると、途端に甘い香りがふわりと辺りに漂う。
発生源は、カルナが持っているアップルパイが乗ったお皿だった。

…アップルパイ?

「突然すまない。どうしてもこれを渡したくて訪問した」

「これって…アップルパイ?」

「ああ、好きだと言っていただろう」

確かに言った。
何かの折にカルナにそう話した記憶がある。

「覚えていてくれたの?」

「ああ」

よく見れば、今日のカルナはいつもと違う。
白いシャツに黒いスラックス、腰にはギャルソンエプロンという出で立ちで、その姿にもしかしてとある考えが脳裏をよぎった。

「もしかして…このアップルパイ、カルナが作ってくれたの?」

「そうだ」

やっぱり。
料理をするための格好をしているからもしかしてと思ったのだが正解だったようだ。

「どうしても己の手でアップルパイを作ってお前に渡したかった」

「カルナ…」

「だから、料理が得意なサーヴァントを探して、エミヤに師事して作ったのだが、迷惑だっただろうか」

「そんなことないよ!凄く嬉しい!ありがとう、カルナ」

「そうか。それなら良かった」

微かな笑みが浮かぶのを見て、じんわりと胸があたたかくなった。
当たり前だが、大半のサーヴァントは普段料理を作ることはない。
カルナだって初めての試みだったのではないだろうか。

エミヤさんに教えられながら、慣れない手つきで一生懸命にアップルパイを作るカルナの姿を想像すると、それだけで幸せで胸がいっぱいになった。
出来ればその姿をこの目で見てみたかったけど、それは贅沢というものだろう。

「本当にありがとう」

「いや、礼には及ばない。俺が勝手にやったことだ」

「それでも、凄く嬉しいよ、ありがとう」

「…そうか」

心なしかカルナの表情が柔らかくほころんでいるように見える。

「お前に喜んでもらえて良かった」

「だって、カルナが私のためにわざわざ作ってくれたんだもの。嬉しいに決まってるよ」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

私は笑ってカルナの手を取った。

「さあ、入って。一緒に食べよう!」

「入るのは問題ないが、これはお前のために作ったものだ。俺が食べては申し訳ないだろう」

「そんなことないよ。私がカルナと一緒に食べたいの。ダメ?」

「お前がそう言うなら」

カルナの手を引いてマイルームの中に招き入れる。

「髪もセットしてあるんだね」

「変だろうか」

「ううん、カッコいいよ。いつも素敵だけど今日は一段といい男だよ」

「…マスター」

「だって、本当にカッコいいんだもの」

困ったような声を出すカルナがおかしくて、背伸びして、綺麗にセットされた彼の頭を優しく撫でた。
カルナが瞳を瞬かせる。
彼が困惑しているのはわかっているが、どうしてもそうしたかったのだ。

「今、切り分けるから待っててね」

それにしても嬉しい。
カルナが私の好きな食べ物を覚えていてくれたことも、わざわざ私のために作ってくれたことも。

ますますアップルパイが大好きになりそうだ。

もちろん、カルナのことも。

だから、バレンタインのお返しのピアスがパイの上の部分に見えたことは黙っていようと思う。


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