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自分のような見習い魔術師がマスターに選ばれたのは、ひとえにその膨大な潜在魔力量ゆえだった。
サーヴァントを使役するためにはそれにみあった魔力供給が必要になる。
とは言え、経験不足であることは否めない。

だから、シロウ・コトミネの申し出はありがたかった。
他のマスターも共闘を承諾したようだし、これならば経験不足から来る判断ミスも補える。
そう思っていたのだ。

「シロウ……さん」

「良かった。紅茶を飲まないようにと言った忠告は守ってくれたようですね」

倦怠感に包まれてぐったりとした身体を抱き上げられる。
自由に身動きがままならないのは、この部屋にある香炉で焚かれた何かが原因であることは明らかだった。
紅茶を飲んだ他のマスターは意識がなくなってしまったように見える。

なまえを部屋から連れ出したシロウは、寝台がある別の部屋へと入っていった。

「カルナ!」

「マスター、無事か」

「彼が私の話を信じてくれたので助かりましたよ」

「どういうことですか…?」

「待って下さい。今解毒します」

なまえを抱えたまま寝台に腰を降ろしたシロウは、傍らに置かれていた盃を手に取ると、それを煽り、なまえに口移しで中身を飲ませた。
弱々しい抵抗を押さえ込んで、冷たい液体を全て飲み込ませる。

「……ふ……」

「いい子ですね。暫くすれば痺れは取れるでしょう」

なまえの唇を指で拭ったシロウが微笑む。
聖人君子のようだった彼がどうしてこんなまねをするのかわからない。
他のマスターはどうなってしまったのだろう。

「彼らのことならば心配いりません。ただ良い夢を見て貰っているだけですよ」

なまえの戸惑いを読んだかのようにシロウが微笑んで言う。

「名実ともに赤の陣営を私の支配下に置くために必要だったんです。あなたならわかってくれると思っていました」

まるでもうなまえが賛同したような口振りだ。

「…カルナ」

シロウの膝に抱かれたままの状態から自らのサーヴァントに両腕を伸ばすと、すくい上げるように抱き上げられた。
シロウの腕から逃れられたことにほっとする。
心なしか残念そうな顔をしている彼を改めて見つめ返した。

「シロウさん、あなたの目的はなんですか?」

「全人類の救済だよ、なまえ」

一段低い声でシロウが答える。これが彼の本性か、となまえは身体を強張らせた。

「救済…?」

「そのためにあなたの力を貸して下さい」

いつもの柔らかい声音に戻ってシロウが言った。

「私の力なんて…」

「その膨大な魔力を私の目的のために活かしてほしいのです」

なまえは完全に混乱していた。
しかし、断れば他のマスターのように令呪を奪われ、用済みとして始末されてしまうかもしれない。

「あなたならば私を理解してくれると信じていました」

だから紅茶を飲まないようにと教えたでしょう、と囁かれて戸惑う。

「お願いです。私と共に来て下さい」

秩序と善を司るはずのカルナは何も言わずに二人のやり取りを見守っている。
シロウがなまえに向かって両手を差しのべる。

「なまえ」

懇願の声音で名前を呼ばれて、なまえは思わずシロウの手を取っていた。
これが正しい選択なのかはわからない。
ただ、どうしても彼を見捨てられなかった。

これからどうなるのか。

わかっているのは、神が審判を下す時、なまえもまたこの男と運命を共にするだろうということだけだった。


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