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ずっと、ずっと、昔。
まだ人間が自由に暮らしていた時代。
様々な人種やたくさんの国が存在していて、人間は人間同士で争いばかりしていたのだそうだ。
それが本当の事なのかどうか私は知らない。
“壁”が築かれる以前の歴史は今では眉唾ものの伝承ぐらいしか残っていないからだ。
文献などもあるが、誰もそれが正しい物であると証明出来ない以上、信憑性はおとぎ話と同レベルでしかない。

皮肉なもので、今は狭い壁の中にぎゅうぎゅうに押し込められた人間達は、巨人という共通にして最強の敵を相手に、終わりの見えない戦いを繰り返している。

「壁の中でも似たようなもんだ」

大昔の時代に生まれていたら、やはり何かを相手に戦っていたに違いない人が言った。

「今はまだいい。だが、巨人と人間を隔てる壁が残りひとつとなれば、その時はやはり人間同士で争いが繰り広げられるだろうよ」

決して身長は高くない。
けれどもガリガリというわけでもない。
彼の全身は無駄なく鋼のような筋肉で覆われている。
その身体に固定されたベルトをチェックしながら、兵長は私に鋭い眼差しを向けた。

「くだらねぇ事を考えるな。どうせ頭の中身はその辺の巨人と変わらねぇんだからな」

「ちょ、ひどいです!」

「その少ない脳みそを使うのは、どうやって生き伸びるか考えるためだけにしろ。ボケッとしてて怪我なんざしてみろ、巨人にくれてやる前に俺がお前を食ってやる」

「うう…」

自分の装備のチェックを終えた私に、向こうのほうから「今日も絶好調にセクハラされてるねー!」とハンジさんの声が聞こえてきた。
セクハラ?
今のは殺人予告じゃないんだろうか?
殺して食うって話なんだから。

「…さっきのは訂正する。巨人のほうがお前より利口だ」

「ちょ、ひどいです!」

確かに巨人の中には妙に知能が高いタイプもいるようだが、それにしたって酷すぎる!

「兵長!ポイントに到着しました!」

部下の報せを耳にした瞬間、兵長の顔つきが変わった。
狩る者の顔へと。

繁みから鳥の群れが飛び立ち、先行していた隊員の叫び声が森を揺らした。

「帰ったら、さっきの言葉の意味を教えてやる。身体に直接な」

バキバキと音がして、木立の向こうに巨大な顔が現れる。

「だから、死ぬ気で生き延びろ」

巨大な顔が私を見てゾッとするような笑みに歪んだ時には、兵長は既に立体起動装置を起動させて飛び立っていた後だった。
あっという間に巨人の背後に現れていた兵長の身体がギュルッと回転する。

大量の血しぶきをあげて肉を削がれた巨人が倒れ込む前に、私も次の敵に向かって地を蹴り、飛び上がっていた。

この場を生き延びて、兵長との約束を守るために。



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