「兵長…?」 珍しくうたた寝していた上官を起こすべきかどうかナナミはしばし迷った。 人類最強と呼ばれる男は、眠っているととてもそうは見えない。 もっと言うと、三十代前半にも見えない。 鋭さと剣呑さが消えたその顔は年齢よりもずっと若々しく見えた。 「……何時だ」 寝ているとばかり思っていた相手からの問いかけに一瞬ギクリとし、それからすぐに懐中時計で時刻を確かめて告げる。 リヴァイはあくびをひとつして身体を起こした。 「丁度いい時間になったな」 「あのっ」 「これから会議に行く。エルヴィンに呼び出されていたんだが、中途半端に時間が余っていたんでな」 簡単に説明された内容に、ナナミはああなるほどと納得した。 ちょっと時間が出来たから仮眠をとっていたというだけの事らしい。 「てっきりお疲れなのかと」 「いや、ただの仮眠だ」 本人に否定されてしまえば、心配する事も出来ない。 部下のこと、巨人のこと、エレンのこともある。 彼の頭を悩ませる材料ならいくらでもあるのだ。 思い悩むような人には見えないが、ここ暫くの間に立て続けに起きた異常事態のせいで気を張り詰めているのではないかと心配になったのだが、杞憂だったようだ。 あるいは、あどけない無防備な寝顔がナナミにそんな勘違いをさせたのかもしれない。 普段は背負うものの重さすら感じさせない人だ。 部下の前で弱い姿を晒すなどあり得ない。 考えてみれば当然のことだった。 それでもあの寝顔にナナミの母性を疼かせる何かがあったのは確かだ。 可愛い、なんて思ったと知られたら削がれるかもしれないが。 「馬の用意をしておいてくれ。帰りは夜になる」 「はい」 何だか新婚夫婦みたいな会話だと思いながらも馬小屋に走る。 リヴァイの愛馬はナナミが来ると賢そうな目で見つめて、大人しく身を差し出した。 その背に鞍を取り付け、準備をしながら溜め息をつく。 「いいね、あなたは。ちゃんと兵長の役に立てて」 呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく空気に溶けて消えた。 |