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灰色だった空は4時半を過ぎる頃にはすっかり暗くなっていた。
夕暮れどきには小さな子供の頃を思い出す。
暗くなる前に帰りなさいよ、と優しい母の声が甦る。
そういったあたたかいもの全てに背を向けて調査兵団入りを選んだのに。

「ナナミ、支度は済んだのか」

物思いを断ち切ったのは冷静な男の声だった。兵長だ。
私は慌てて姿勢を正した。この人の前では未だに緊張してしまう。

「はいっ、終わりました!」

兵長は私を一瞥すると、さっきまで手がけていた夕食の方へ目を向けた。

「今日はやけに豪勢だな。最後の晩餐のつもりか」

「縁起でもないこと言わないで下さいよ…今日は兵長のお誕生日なので奮発してみました」

そう、今日の食事は特別だ。
焼きたてのパンに、鍋にはシチュー。そして商会に特別に発注したチキン。干した肉ではなく、生肉を焼いた本物の肉だ。
みんなきっと涎を垂らして喜ぶだろう。

「死にに行く覚悟をしたわけじゃないんだな」

「もちろんです」

死ぬつもりはないし、誰も死なせない。

「ならいい」

兵長はシチューの味見をして言った。

「必ず生きて帰って来ましょうね」

「ああ」

短い返事の中に兵長の気持ちが全て詰まっている気がした。
誰も死なせない。
この人もまた同じ覚悟でいるのだと、誰よりも強くそう願っているのだとわかる。

「足手まといにならないように頑張れよ」

「うっ…全力で頑張ります…!」

もっと他に──そう、例えば安心させられるようなことが言えればいいのだが、あいにく私の脳みそではこれが限界だ。
それに今は他に言うべき言葉があった。
焚き火の灯りを受けて闇の中に浮かび上がる、誰よりも強くて優しい人へ捧げよう。


「お誕生日おめでとうございます、兵長」


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