まずいところを見られてしまった。 シュナイゼルと目が合った瞬間、なまえは激しく後悔した。 まさか、こんなに早く来るなんて。 さすがのシュナイゼルも驚いている様子だった。 副官のカノンも目を丸くしている。 当たり前だ。 ドレスのまま木登りする淑女など、彼らの世界にはいるはずがない。 「おやおや…まったく、君は、私の想像を遥かに飛び越えた事をしてのけるね」 シュナイゼルがくすくす笑いながら手を差しのべてくる。 なまえは少し躊躇った後、大人しくその腕に身を預けた。 そうするしかなかった。 「初めて逢った時を思い出すよ。あの時もこうして私の腕に受け止めたのだったね」 軽々となまえを抱えたシュナイゼルは、肩を揺らしてまだ笑っていた。 柔らかそうな金髪が額の上で踊る。 「何故木の上に?」 「鳥の雛を巣に返してあげたんです」 なまえが見上げる先にシュナイゼルも視線を向けた。 緑に隠れるようにして、小さな巣があるのが見えた。 穏やかな微笑を浮かべたシュナイゼルの瞳に、僅かに険しい色が浮かぶのを見て、なまえは首を振る。 「分かっています。一度巣から落ちた雛は、戻してあげてもちゃんと育てて貰えない事が多いんですよね」 人間の臭いがつくからだとか、弱い者は生きられないからだとか、色々な理由があるらしい。 しかし、自己満足でしかないと分かっていても、地面に落ちたまま必死に鳴いている雛をそのままにはしておけなかったのだ。 「責めているわけではないよ。むしろ、君のそういう優しさを、私はとても好ましく思う。私にはないものだからね」 ただ、と言い置いて、シュナイゼルはやや表情を改めてなまえを見つめた。 「その為に君が怪我をしてしまうかもしれない危険を犯したのは、やはり、私としては複雑な思いだということは理解して欲しい」 「はい…ごめんなさい」 「いい子だ」 笑みを浮かべたシュナイゼルの唇がなまえの額に触れる。 二人を見ていたカノンがくすりと笑った。 「お怪我がなくて何よりです。でも、殿下も相当な過保護でいらっしゃいますから、木登りはもうこれっきりになさって下さいね。心労のあまり倒れてしまわれたら、公務が滞りますから」 「そして、君の負担も増える。カノン、それはさりげなく私を批難しているのかな?」 「滅相もございません。副官としてお二人のことを心からご心配申し上げているのですわ」 「ふふ…ではそういうことにしておこうか」 悪戯っぽい瞳でなまえを覗き込みながら、シュナイゼルは人差し指を彼女の顎にかけ、親指で唇のラインを軽くなぞった。 くすぐったいような、それでいて甘い感覚がゆっくりと身体に広がっていく。 今にも甘く重ねられそうな唇。 カノンが控えていた侍女に目配せする。 アフタヌーンティーの用意をしようとしていた侍女は、心得たように一礼すると、静かに立ち去った。 恋人達にいま必要なものは、お茶ではなく、二人きりの時間だった。 |