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「なまえ」

呼びかけると、腕の中の身体がびくりと跳ねた。
恐る恐るといった風に顔を上げたなまえの目には、今の状況への畏れと混乱、そして戸惑いこそあったが、ルルーシュ本人への恐怖や拒絶の色は無い。
ルルーシュはその事実に安堵すると同時に、抑えがたい歓喜の念がこみあげてくるのを感じた。
こんな恐ろしい目に遭ったというのに──どれほど異常な状況下であろうとも、なまえは、なまえだけは、決して彼自身の存在を否定したり拒絶したりすることはないのだと確信出来たことで、喜びと愛しさが胸を満たしていく。
湧き上がる想いのままに、ルルーシュはなまえの背中に回していた手を後頭部に滑らせると、軽く瞳を伏せて顔を寄せた。

触れるだけの優しいキス。

唇と唇が触れた途端、なまえの瞳が大きく見開かれる。
その瞳の奥。紅い光が明滅したかと思うと、やがてそれは消え去り、代わりに理解の色が広がっていった。

脳の中の何かが書き換えられていく感覚。
全ては一瞬のこと。

なまえの瞼が静かに閉じられたのを見届けたルルーシュは、角度を変えて改めて口付けた。
何度か柔らかくついばみ、誘われるように僅かに開かれた唇の間へ舌を侵入させる。

「ふ………んぅ、」

深く重ね合わされた唇の隙間から、ちゅく、と濡れた音が響いてなまえの頬が薔薇色に染まっていく。
ルルーシュの左腕が、ぐっとなまえの腰を引き寄せ、よりいっそう二人の身体が密着した。そして──

「そのくらいにしておけ。そそのかしたのは確かに私だが、いくら何でも限度というものがあるだろう」

目覚めのキスから一転、明らかに性的な意味合いを含んだものに変わった口付けに、今まで沈黙を守っていたC.C.が呆れ顔で待ったをかけた。
我に返ったなまえが慌ててルルーシュを押し離す。
C.C.の存在をすっかり忘れていたらしく顔が真っ赤だ。
そんななまえにC.Cはニヤニヤと笑いかけた。

「記憶を取り戻せたようで何よりだ。皇子様の情熱的なキスはどうだった、なまえ?」

「しっ、C.C.!」

「まあ、物足りなくても我慢して貰うしかないな。続きはここから脱出して二人きりになってからにしてくれ」

「そうしよう」

答えたのはルルーシュだった。
キスで濡れた唇を妖艶に笑ませて笑っている。

「で、どうするつもりだ?」

「まずは情報を整理する」

ルルーシュはそう言うと笑みを消し、主を失ったサザーランドのほうへと歩いていった。
血溜まりに倒れたまま動かない男の傍らに膝をつき、落ちていた手帳を手に取ってページを捲る。
飼育日誌。
なまえも表情を改めてルルーシュの行動を見守った。
僅かな時間ではあったけれども、大切な人と温もりを分かちあった事で、不思議なほど心は落ち着いていた。
偽りの平穏は、皇子の目覚めのキスによって終わりを告げた。
行動する時が来たのだ。
ルルーシュと共に生きる為に。



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